偽る恋のはじめかた
「はあ、」
バタンと閉まる玄関ドアの音と共に、重いため息が漏れる。
だって、全然大丈夫じゃないんだもん。
付き合ってからの桐生課長は驚くほど甘い。
この甘さは付き合う前は想像もしていなかった。
会社では隠して欲しいのに、目が合うと満面の笑みで返されたり、口調が優しすぎたり、時折甘さが見え隠れする。
社内恋愛を禁止されている訳ではないけど、
自分は課長という役職の立場。
交際していることは、内緒にしたい。
そう提案してきたのは桐生課長なのに。
「さーちゃ……あ、さっ、ああっ!……しっ、椎名さん」
公私混同して、すでに会社で何度か呼んでしまっているのだ。
幸いなことに近距離での呼び間違いだったので、近くに他の社員はおらず、まだバレてはいない。
こんなことでは、いつバレてしまうのか……内心ヒヤヒヤしていた。