偽る恋のはじめかた


「朝礼始めますよー」


集まる社員を解散させようと桐生課長は声を上げた。その呼びかけに、群がっていた女性社員達はゆっくりと自分のデスクへと戻っていく。

突き刺さる視線がなくなりほっとすると同時に、甲高い声が響き渡る。



「桐生課長!桐生課長と椎名さんって、付き合ってるんですか?…今もアイコンタクトみたいなことしませんでした?」


ひるむことなく問いただしたのは、今年入ったばかりの新入社員の白井さんだ。

みんな自分の席に戻ろうとしている中、声を上げれるのは、根性が据わっているのか、空気が読めないのか。

どちらにせよ、今時の若い子はすごいな。


「白井さん、なに言ってるんですか?仕事に関係ないことは……」

「否定しないってことは、付き合ってるんですか?」

「……」

「だって、付き合ってなかったら、否定しますよね?」

「椎名さんとは……、付き合ってないですよ?」



私は口を噤んで二人の会話を見守ることしかできなかった。


付き合っていないと否定した彼の言葉に、ずきっと胸の奥が痛んだ。


……わかってる。
職場では隠そうと話し合って決めたこと。
この場で付き合ってるなんて言えないこと。

この言葉は私たちを守るための偽りだということ。

わかってる。わかっているはずなのに……
心の奥が痛くて苦しいままだった。


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