偽る恋のはじめかた



「ただいまー」




玄関ドアの開く音と共に桐生課長の声が耳に届く。


私の家に来るときは「お邪魔します」だったのが、いつの間にか「ただいま」というようになっていた。

居心地のいい挨拶のはずなのに、私の心は荒ぶったままだった。


「……おかえり」

不機嫌さを分かってほしくて、存分に態度に出す。そんな私に気づいたのか、少し申し訳なさそうに口を開いた。


「白井さんのことだけど……ちゃんと断ったから」

「え、」

「メールがきて、メールでも誘われたから断ったよ」

「メ、メール!?メールなんてやり取りしてたんですか?」


そんな話は初耳だった。驚きと怒りが混ざって、口調が強く、言い方がきつくなる。


「誰かに聞いたみたいなんだよ、いきなりメールが来て俺も驚いた」

「……本当に断ったの?」

「ああ、」

「ふーん」

「もしかしてだけど、嫉妬してる?」

「……」

「あー、ごめん。そんなわけないよな。自意識過剰過ぎた」

「してますよ!」

「……」

「思いっきり、嫉妬してますよ。嫉妬して気が狂いそうですよ」


普段の私は絶対にこんなことは言わない。
嫉妬しても平気なフリをしたりする。


私が素直に言ったことに驚いたようで、桐生課長は目をぱちくりとさせて固まっている。

そんな彼の様子に余計に恥ずかしくなり、照れ隠しで、ふいっと顔を背けた。

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