偽る恋のはじめかた
「椎名さん!
おーい。聞いてます?」
黒須君の呼びかけにハッと我に返った。思わず2人をじーっと見つめていた。
「ご、ごめん。考え事してた。なんの話だっけ?」
桐生課長の方ばかりを見ていて、黒須君に話しかけられていることに気付かなかった。
「・・・・・もう、いいっす。
ボーッと前見て何考えてたんですか?」
「い、いや。なんでもないんだけど・・・・・・」
チラッともう一度、桐生課長に視線を向けると隣の席に座った梨花と話をしていて、嬉しそうに笑っていた。
口元が緩みっぱなしで、好きな人に話しかけられた喜びが顔全体に現れていた。
私と話している時とは違う、初めて見る表情に心の奥がチクリと針を刺されたように痛んだ。
———何故心の奥がチクリとしたのか
この時の私はまだ知らなかった