偽る恋のはじめかた







椎名(しいな)さん!
おーい。聞いてます?」


黒須君の呼びかけにハッと我に返った。思わず2人をじーっと見つめていた。


「ご、ごめん。考え事してた。なんの話だっけ?」


桐生課長の方ばかりを見ていて、黒須君に話しかけられていることに気付かなかった。





「・・・・・もう、いいっす。
ボーッと前見て何考えてたんですか?」



「い、いや。なんでもないんだけど・・・・・・」




チラッともう一度、桐生課長に視線を向けると隣の席に座った梨花と話をしていて、嬉しそうに笑っていた。


口元が緩みっぱなしで、好きな人に話しかけられた喜びが顔全体に現れていた。



私と話している時とは違う、初めて見る表情に心の奥がチクリと針を刺されたように痛んだ。





———何故心の奥がチクリとしたのか
     この時の私はまだ知らなかった

< 70 / 261 >

この作品をシェア

pagetop