殺し合う家族

第十四話 新田理沙②

「お母さん、明日なわとび必要なんだけど……」

 子供たちに夕飯を食べさせて食器をやっと洗い終えると、次女の春華がエプロンの裾を引っ張りながら見上げてきた。

「なわとび? なんでもっと早く言わないのよ」

 果穂のお下がりがあっただろうか、記憶を遡ってもまるで思い出せない。そもそも縄跳びなんてどこに売っているのだろう、これから風呂の掃除をして、旦那が帰ってきたらまずは作戦会議、そして、久しぶりの夜の営みを画策していたが、子供たちはそんな事はどこ吹く風、次々と仕事を増やしてくれる。

「果穂ー、あなた縄跳び持ってなかったっけ?」

 ソファで大人しくテレビに集中している長女に問いかけた、大人しくしている時にあまり声をかけたくないが仕方ない。

「持ってる」

 テレビからは一切視線を逸らさずに興味なさそうに答えた、しかし、良かった。問題は解決だ。

「あ、そう、良かった。春華に貸してあげて、明日使うんだって」
 しまった、と思った時にはもう遅い。

「やだ!」

 予想通りの返事が返ってくる、彼女に素直に貸してと言って貸してくれるわけがない、妹たちのものは果穂のもの、果穂のものは果穂のもの。ジャイアンのような事を言いだしたのはいつ頃からかも、中学一年生にもなって子供のように我儘を言うのが病気のせいかも、理沙には分からなかった。

「こいつが貸してくれるわけないじゃーん」

 四つ年下の春華に長女を敬う気持ちは欠片もない、これからの展開が読めてウンザリする。

「かさねーよ、ブース」

「いらねえよ、ざーこ」

 理沙はエプロンで手を拭きながら「ハァ」とため息をついた、こうなってしまってはどちらかが泣き出すまで喧嘩は収まらない。年頃の女の子とは思えない罵倒が飛び交う中、三女の瑞希だけは冷静に傍観していた。生まれてからずっと二人を観察している分、自分はこうなりたくない、という感情が芽生えているのが小学校一年生ながらに感じ取れて多少の安心を覚える。 
 
 こんなはずじゃなかった――。

 そう悲観するほど酷い家庭環境じゃないことくらい分かっている、兄弟喧嘩などどこにでもあるし、旦那の給料が少ない家庭も珍しくもない。狭くても一軒家を構えているだけでもマシなのは、同級生の友達が築年数不明のボロアパートに住んでいるのを見れば明らかだ。

 落差の問題だろう。生まれた頃からこの小さな建売住宅に住んでいる彼女たちは大人になってもこれが普通だと思うはずだ、あまりにも裕福な家に育って、途中で奪われる。結局これが一番こたえる。

 生活レベルは落とせないのだ、過去の甘美な生活を忘れることができない、いつかあの生活を取り戻したい。いつからかそう考えるようになっていた。
 
 妹を殺してでも――。   

 そこまで考えて目の前で大喧嘩する姉妹が自分たちと重なる、結局血の繋がりなど大した意味がない、自分の幸せの為に妹は姉を殺そうと目論み、姉は返り討ちにしようと思案する。縄跳びを貸さない長女と何らかわらない。 

「ふざっけんなよ、てんめぇええええええ」    

 果穂が馬乗りになったところで止めた、これ以上は殺しかねない。春華が粋がったところで体力差は歴然だ。

「はいはい、終わり、縄跳びはお母さんが買ってくるから」  

 二人を引き剥がし果穂を風呂に促す、春華を振り返りながら猫のようにクラッキングしている。瑞希はため息を吐いて絵本のページをめくった。

 縄跳び、縄跳び、スマホでググるとどうやら最近はコンビニで買えることが判明した。とんだ拍子抜けだ。そのままラインを起動させて旦那にメッセージを送ろうとして手が止まる。

 なるべく機嫌よい状態で話し合いをしなければならない、たとえ仕事帰りのついでといっても、雑用のように使われるのはあまり気分が良いものじゃないだろう。

 理沙はエプロンを外して家をでた、初夏のムッとした生ぬるい風が頬を伝う。今流行りの電動自転車ではないただのママチャリにまたがると、駅前のコンビニに向かって走り出した。
 
「うちは縄跳びは、ちょっと置いてないですねえ」 

「え、ああ、そうですか」 

 てっきりすぐに購入できるものと鷹を括っていた理沙はコンビニを出たところで立ち尽くした。次のコンビニはここからさらに十分。

「だっる!」

 思いっきり声にだして次のコンビニを目指した、幸い人っ子一人歩いていない。ところがどうして、次のコンビニにも、さらに五分離れたコンビニにも縄跳びは売っていなかった。

 じっとりと汗ばんだTシャツが肌に張り付いて不快だった、半ばヤケクソの思いで向かった四件目にやっと目当ての商品が見つかる。駅から自転車で四十分離れたコンビニで理沙は赤い縄跳びを購入した。 

 自宅に戻るとすでに娘たちは風呂に入った後だった、自発的に風呂に入ってくれるのは助かる。

「えー、青が良かった」

 おそらくは、何色を買っても文句を垂れる春華を睨みつける。

「だまれ、早く寝ろ」

 この家でもっとも恐ろしいのは母親、彼女らもそれは分かっている。本気で怒っていると察するとそそくさと全員二階に上がっていった。

「はぁ、疲れた」

 なんて休んでいる時間もない、そろそろ旦那が帰ってくる、先に風呂に入っておかなければ。作戦会議と久しぶりのスキンシップが待っている。
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