夕陽を映すあなたの瞳
 「心ちゃん、大丈夫?誰かに気持ち聞いてもらえてる?女の子一人だけの職場だもんね。それも彼は気にしてて…。彼には言いづらくても、私で良かったら何でも話してね。私は話を聞くくらいしか出来ないけど、愚痴の窓口だと思って。ね?」
 「そんな、愚痴の窓口だなんて…」

 心は沙良に微笑む。

 「ありがとうございます。沙良さんのお言葉も桑田さんのお気遣いも、とっても嬉しいです!でも私、無理してないから大丈夫です。なーんて、もう既に散々泣いて受け止めてもらって、お守りまでもらったからなんですけどね」

 え…?と言って、沙良は大きな目でぱちぱちとまばたきを繰り返す。

 「ちょちょ、ちょっと心ちゃん?それは、詳しく教えてもらえるかしら」

 沙良の口調が急に強くなる。

 「え、沙良さん。どうしました?」
 「私はどうもしてません。心ちゃん、あなたは一体何があったのかしら?一体誰の前で散々泣いて、誰に受け止めてもらって、誰に何をお守りとしてもらったのかしら?」
 「さ、さ、沙良さん?なんか、怖いんですけど…」
 「さあ心ちゃん、どうぞ話して!」
 「うう、あ、あの…」

 沙良の勢いに呑まれ、心はたどたどしく説明する。

 沙良はもう食事どころではないとばかりに身を乗り出し、心がボソボソ呟く脈絡のない話を、ひと言も聞き漏らすまいと耳をそばだてている。

 話の途中から、沙良は両手を口に当て、大きく目を見開いて息を呑む。

 「とまあ、そんなようなことが、ありまして…」

 心が話し終えるが、沙良は目を見張ったまま固まっている。

 (沙良さん、大きなお目々がこぼれ落ちそう…)

 見とれた心がそんなことを考えていると、ようやく沙良は大きく息を吐いた。

 「伊吹くん、凄いわ…。私、あなたに感動してる。なんて素晴らしい人なの。どんな逆境にもめげず、どんなに心をへし折られようとも、あなたは挫けずにまた向き合った。そして愛を貫いたのね。あなたの勇気と深い愛情に、私は心から称賛の拍手を送るわ」
 「………………はい?」

 ミュージカルでも始まったのかと、心は怪訝な面持ちで沙良を見る。

 「心ちゃん、あなたは彼の気持ちを今度こそしっかり受け止めたのよね?それで、なんて答えたの?」
 「は?答えた、とは?」
 「だからお返事よ!はっきり好きだと言われたんでしょ?なんて答えたの?」
 「え?別に何も」

 …は?!と、今度は沙良が固まる。

 「こ、心ちゃん。あなた、好きだと言われて何も返事をしなかったの?」
 「え?だって、特に聞かれませんでしたよ?いつでも来ていいからなって部屋のキーを渡されて…。俺には何でも話してくれって言われたから、うんって」
 「そ、それだけ?!」
 「え、はい」
 「ヒーーーー!!」

 沙良は、バタンとテーブルに突っ伏す。

 「ううう、なんてこと。なんて悲劇なの。伊吹くん、あなたはどうしてこんなにも報われないの?神様お願い!伊吹くんを、こんなにも優しい伊吹くんを、どうか幸せにしてあげて!」
 「え、ちょっ、沙良さん?もしかして、泣いてる?」
 「泣くわよ、これは泣くわよ!こんな話を涙なくして聞けますか?心ちゃん!」
 「は、はあ…」

 心は沙良の勢いに押され、もはや何も言えなくなった。
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