夕陽を映すあなたの瞳
 静かにエレベーターが上がる中、また心は真剣に昴に声をかける。

 「伊吹くん。私ね、修羅場とか揉め事とか苦手なの。だから伊吹くんの部屋には上がらない。パソコンだけ取って来て?どこかファミレスにでも行こう」

 すると昴は、眉間にシワを寄せたまま固まる。

 「ごめん、久住。復唱してもいい?久住は修羅場が苦手だ。だから俺がパソコンを取って来たらファミレスへ行く。これで合ってる?」
 「うん、合ってます」

 いよいよ訳が分からない、とばかりに、昴は視線を外して考え込む。

 (え、待てよ?また宇宙人の降臨か?じゃあ今回もやり直してみるか。でもどこから?)

 そうしている間にエレベーターが到着し、扉が開く。

 とにかく昴は、心を連れて部屋へ向かった。

 カードキーをタッチして玄関のドアを開けると、心を振り返る。

 (よし、じゃあ、さっきの話は聞かなかったことにしてみるか)

 「どうぞ、入って」

 にっこりと心を中へ促す。

 「伊吹くん。私は部屋には上がらないってば。修羅場とか、嫌なんだもん」
 「え、別に修羅場じゃないよ?普通のうちだけど…」
 「そんな呑気なこと言って…。私が部屋にいるところをもし彼女に見られたら、一気に修羅場になるよ?」

 あ、そういうことか!と、昴は手のひらを打った。

 「久住。俺、彼女いないから」
 「え、そうなの?なーんだ。それならそうと早く言ってよ」

 はいー?と昴は眉を寄せる。

 「だって伊吹くん、26歳でしょ?彼女いるだろうなって思うじゃない。あ、そう言う私も26で、彼氏いないけど。でも伊吹くんはバリバリの商社マンだし、モテるでしょ?このこのー、色男!」

 そう言うと心は、脱力している昴を尻目に、お邪魔しまーすと靴を脱いだ。
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