夕陽を映すあなたの瞳
 昴のマンションから見える夕陽は、既に半分ほど沈んでいた。

 心は黙って、ゆっくりと水平線に吸い込まれる夕陽を最後まで見つめる。

 やがて完全に見えなくなると、昴は部屋の電気を点けた。

 パッと明るくなると同時に、世界が切り替わった感じがして、心はまた顔を曇らせた。

 「…久住。聞いてもいい?」

 控えめに昴が口を開く。

 「うん。なあに?」
 「あのさ、前に俺が久住に、なんの仕事してるのって聞いた時、久住、言いづらそうにしてたけど、どうして?」

 え…と心は考える。

 (そう言えば聞かれたっけ。レストランに下見に行った時だよね。魚の臭いが気になってた日だ)

 うつむいたまま答えずにいると、昴はまた話し始めた。

 「あの時久住言いにくそうだったから、それからは聞かなかった。同窓会で、久住が職場のペアチケットを寄付してくれて、それがマリーンワールドのものだって分かってからも不思議だったんだ。どうして言いにくいんだろうって」

 心は黙って聞いている。

 「俺、前から水族館に行きたかったけど、男一人で行くのって変かなって躊躇してたんだ。でも今日思い切って行ってみた。凄く楽しかったよ。魚とか海の生きもの観て、あっという間に時間が過ぎて。最後にイルカショー観たら、もう感動してさ。しかも、ステージにいるの久住じゃないか!って。興奮状態だったよ」

 そう言って笑う。

 「久住、凄く輝いてたよ。楽しそうだし、笑顔が弾けてた。俺、どうしても感動を伝えたくて、ショーが終わってからもしばらくあそこで久住を探してたんだ。そしたら久住がプールに出て来て、嬉しくてつい声をかけたんだ。なのに」

 そこまで言って、昴は言葉を止める。
 心はゆっくり顔を上げた。

 「なのに、どうして久住は今そんなに辛そうなの?どうして仕事の話を避けるの?あんなに素晴らしい仕事なのに、ショーをやってる時はあんなに笑顔だったのに。どうして今は俺の話を暗い顔で聞いてるの?」

 心は何も言えずに押し黙る。
 沈黙が続いた。

 やがて昴が小さく息を吐き出した。

 「ごめん。久住を問い詰めたい訳じゃないんだ。言いたくないんだよね?なら、無理に言わなくてもいい。ごめんな、いきなり職場で呼び止めた挙句にこんな話して」

 ううん、と心は首を振る。
 そして、何かを考えてから、昴を見た。
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