夕陽を映すあなたの瞳
 「どうぞ、そこのソファに座っててね。今冷たいドリンク淹れるわね」
 「あ、そんな、どうぞお構いなく…」

 心は、借りてきた猫のように小さくなり、モノトーンですっきりとした部屋を控えめに見渡す。

 (わー、ここが桑田さんの部屋…。見ていいのかな?半分目をつむる?)

 「なーに?心ちゃん。見てはいけないものを見ちゃったの?」

 アイスティーのグラスをテーブルに置きながら、心の顔を覗き込んで沙良が笑う。

 「え、いや、その。上司のプライベートを、部下が気安く見てはいけないのではないかと…」
 「あはは!もう本当に心ちゃんっておもしろい。彼がね、いつもあなたのこと話してるの。久住は、今どき珍しい人種だ、とか」

 は?と心は目が点になる。

 「私、生きた化石ってことですか?それとも珍獣?」
 「うふふ、そうじゃなくて、彼なりに褒めてるのよ」

 沙良はアイスティーをひと口飲んでから、懐かしむように話を続ける。

 「女の子が自分のチームに配属されてきたって、最初は不服そうだったの。魚なんて捌けるのか?臭くて嫌だとか、掃除もしたくないとか、あとはなんだったかなー、化粧バッチリで爪も長くて、作業服や長靴も履きたくない、とか言われるんじゃないかって」

 そしてふっと笑ってから心を見る。

 「でもすぐに言うことが変わったの。久住はセンスがある。イルカ達ともすぐ通じ合えるし、コミュニケーションを取るのも上手い。しっかり信頼関係も築けてる。魚も次々捌くし、化粧や髪型なんて気にもしないで、作業服姿で誰よりも掃除するって。とにかくベタ褒めよ」
 「え、桑田さんが…?」

 心はうろたえてうつむく。

 (知らなかった、そんなふうに見てくれてたなんて…)

 でもね、と沙良は人差し指を立てて声のトーンを落とす。

 「最近はちょっと違うことを言うのよ」
 「え、どういうことですか?」

 何かガッカリさせたのかな?と、心は不安になる。

 すると沙良は、いたずらっぽく笑った。

 「最近はね、かわいい妹のことが心配でたまらないって感じなのよ。あいつ、このままだと彼氏出来るかな?作業服ばっかり着てて、あいつの本当の良さを誰か気付いてくれるかな?嫁に行き遅れたら俺の責任だ、とか」
 「え、ええー?!桑田さんが?」
 「そうなのよー。もう笑っちゃうでしょ?だから私、そんなことあなたが気にする必要ないって言ったの。あなたから話を聞いてたら、どんなに心ちゃんがチャーミングな女の子なのかよく分かる。だから心ちゃんに言い寄ってくる男性はたくさんいるわよってね」
 「え、ええー?!それもどうかと思いますけど…」

 心はもう、驚くやら恥ずかしいやらで、顔が真っ赤になるのを止められなかった。
< 75 / 140 >

この作品をシェア

pagetop