世界くんの想うツボ〜年下ドS御曹司との甘い恋の攻防戦〜
──私は夢を見ていた。

あれは私が入社して二年目だった。連休を利用して実家に帰省した私は久しぶりに親子水入らずでお好み焼きを囲み、たわいない会話を楽しみ、実家のソバ枕に居心地悪く感じながらも眠りについた。そして翌日、私が東京に戻る際、父はいつものように玄関先まで私を見送ると『またいつでも帰っておいで』と頭をなでた。私は父の穏やかなまなざしもぷっくりとした大きな掌も大好きだった。

『梅子、念ずれば花開くだ。頑張れよ』

『うん……ありがとお父さん、また帰って来るからね』

まさかこの会話が父との最期の会話になるなんて夢にも思わなかった。

たわいない日常、当たり前の日常、ささやかな日常は、いつも永遠にあるわけではない。ある日突然砂の城のように跡形もなく消えていく。

翌日トラック運転手だった父は雷雨の中、荷物を地方に運ぶ途中、反対車線からスリップしてはみ出してきたトラックと正面衝突して死んでしまった。

それから私は雷が苦手になった。雷の音があの日の母と私の叫び声に似てる気がして心が灰色になって胸が苦しくなるから。

(そういえば……)

あれはいつだったっけ?急に降り出した雨に、私はたまたま居合わせた男の子と雨宿りをしたことがある。雨脚はすぐに強くなり(とどろ)くような雷の音に体中が震えた。

──『大丈夫だから……』

そう言って公園のてんとう虫の形をした滑り台のトンネルの中で私と一緒に雷が鳴りやむまでいてくれた男の子はいまどこで何をしてるんだろうか?

──『ねぇ、もう一度会えたら……』

別れ際、あの男の子は私に……何て言ったんだっけ……?

記憶がふわふわと浮いては沈んで漂って曖昧になっていく。眠りの波に揺られながら、窓辺から差し込む朝の光に曖昧な意識がゆっくり引き戻されていく。
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