婚約破棄?喜んで!~溺愛王子のお妃なんてお断り。私は猫と旅に出ます~


 婚約者のジュリアは幼いころからやさしく、かわいらしかった。
 二つ年上で、面倒見のいい彼女は遊ぶときもおやつを食べるときも、まず、俺の意見を優先してくれた。だから、調子に乗っていたのは認める。彼女には何をしても許されると。

 五歳の誕生日を迎えた日、城の中庭に、大きな猫が現れた。瞳の色は翡翠色で、長い毛は陽の光に照らされて金色に輝いていた。
『レオンさま、大きな猫です。私、こんなきれいな子、初めて見ました!』
猫は、ジュリアが触れても嫌がらなかった。地面に腹をつけてじっとしている。背中を撫でられれば目を細めた。
『かわいい』
猫を見つめる彼女の目は、愛しさで溢れていた。自分には向けられたことがない表情に、胸の奥がちりっと熱くなった。

『レオンさまも触ってみますか?』
『やめろ、猫を押しつけるな。毛が飛ぶ!』
 猫は俺の大きな声に驚き、飛び上がった。高い城壁をふわりと乗り越え、逃げてしまった。壁まで近寄ったが、子どもの自分では上って追いかけるのは無理だ。
『ごめん……』
 振り返った瞬間、後悔した。後ろにいたジュリアは涙目で俺を睨んでいた。
 猫を妬んで痛んだ胸が、今度はひやりと凍った。
 その日を境に、彼女は二度と俺に笑顔を向けなくなった。

 
 聖女の指示で地下の牢獄に入れられて二日経った。
 牢獄と言っても、王族専用の牢屋のため、肌触りのいい絨毯が床に敷かれている。腕の縄も解かれた。ただ、囚われの身のため、外には出られないし誰も言うことを聞いてくれない。
 入り口は一つで、頑丈な鉄格子には太い南京錠が二個ついている。石造りの壁も強固で、体当たりしても無駄だった。
 天井付近にある小さな窓にも鉄格子があり、陽の光が差し込んでいるが、ジャンプしても届かない。自力での脱出は不可能で、俺は冷たい壁にもたれるようにして座ると項垂れた。

「どうしてこうなったんだ……」
 自分のふがいなさに頭が痛い。
 俺は父である国王に、成人を迎えるんだからと聖女について一任されていた。
 王太子として国王、老臣、民、みんなの期待に応えたくて、ジュリアが好きだという自分の気持ちは押し殺した。
 聖女の案件を無事に片付け、みんなに認められたあとにあらためて彼女を正妃に求めようと考えていた。
「嫌われているってわかっていたのに。甘いよな……」

『聖女に頼る前に自分でできることがあるでしょう?』
 脳髄を大きく揺さぶられたような衝撃だった。彼女の言葉でようやく過ち気づいた。
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