卒業証書は渡せない

20.ひとつの嘘

 期末試験が近付いてクラブ活動がなくなり、教室がいくつか自習室として開放された。塾にも通っていない、家に帰っても教えてくれる人がいない私にはとてもありがたい。

 奈緒と弘樹も来ているけど、勉強なので私語は厳禁。時間いっぱい勉強して、帰りは3人一緒。

 だけど奈緒は弘樹と手を繋いでいるので、私はその後ろ。

「あのさぁ、俺の後ろに座ってたの、誰?」

 学校を少し離れてから、弘樹が聞いた。
 弘樹の後ろに座っていたのは、私でもない、奈緒でもない。顔は知ってるけど名前は知らない──目が合うといつも逃げる、例の女の子。弘樹が座った後で現れて、弘樹より先に帰った。

「気になるな……」
「えっ?」
「ん? あ──いや、正体が、だよ。俺が好きなのは、奈緒だけだからな」

 どうしてそういうことをさらっと言えるかな。
 弘樹はいつも、人目を気にせずに奈緒に気持ちを伝えていた。だから奈緒も慣れたのか、そんなに驚かない、けど。横で聞いてる私のほうが、照れてしまいます。

 だから、

「本当に、誰なんだろうね」

 話題を強引に元に戻すこともあります。

「1年っていうのは確かだよな。でも、違うクラス」
「うん」
「私の予想では」

 弘樹と奈緒の繋がれた手を見ると、言いにくいけど。
 幸せいっぱいの2人には言いにくいけど。

「あの子たぶん、弘樹が好きなんだよ」

 じゃないと、あんなに不思議な行動しないはず。

「そうか……」

 弘樹はため息をついた。

「まぁ、俺は」
「奈緒だけなんでしょ」

 試験前や試験中、牧原君は登校したけど、残って自習はしなかった。私は寂しかったけど、本当に仕方がない。家まで会いに行っても迷惑かもしれない。
 最初は牧原君だけがアメリカに行くって聞いていたけど、話が変わって家族みんなで行くことになったと聞いた。

「牧原君がいなくなったら、夕菜、どうするの?」

 わからない。嫌いになってないし、喧嘩してもないし、好きなのにもう会えない。

 確かなのは、しばらくは忘れられない、ということ。
 牧原君は、忘れて、って言ってるけど、忘れられない。新しい恋人なんて、作りたくない。

「でも夕菜ちゃんは、自分に嘘ついてるんだよ」

 試験最終日、牧原君は時間をつくって会ってくれた。

「嘘つかないと、耐えられないよ……」

 本当に、最近そう思う。
 牧原君が好きで離れたくない、というのは嘘じゃない。忘れられないのも、嘘じゃない。

 新しい恋人を作りたくない、というのは……嘘。

「でも、出来ないよ、私には」

 牧原君と親しくなってそんなに長くないけど、彼には私が思っていることを全部伝えた。伝える前に、彼のほうが気づいてたから。彼には嘘も、隠し事も出来なかった。

「もう、やだ」

 大好きな人たちを、大切な人たちを傷つけたくなくて。
 自分の弱い部分、本当の気持ちは、気づいてくれた人にしか見せれなくて。

「最初に夕菜ちゃん見つけた時、こうなる気がした。その時から好きだったんだけど……留学の話はもう進んでたし、楽しそうにしてるからしばらく黙ってた。でも……だんだん表情変わってくから、放っとけなくなった」

 そう言う牧原君の腕の中で、私は泣いた。泣いて、泣いて、わけがわからないくらい、泣いた。
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