卒業証書は渡せない

36.夜空の大輪

 ヒュー……ドン……ドン……
 ヒュー……パチパチパチパチ……

 夜空に大輪が上がる度に、歓声もあがった。

 でもそれは、ここからはそんなに聞こえない。
 気になるほど、騒がしくはない。

 花火大会会場には近いけど、ここは牧原君が夏休みの間だけ借りているマンション。の、ベランダ。

 パーティーが終わったのは夕方だったから、少しだけ街でデートして、花火が始まる時間にここに戻ってきた。
 男の子の1人暮らしの部屋に入る、というのはまだ抵抗があったけど、一緒にいたい気持ちにはかなわなかった。

「良いとこ借りたね」
「うん。自分でもびっくりしてる」

 また1つ光が伸びて、夜空に花を咲かせた。

「あのさ。先に結論から言うけど……僕は気にしてないよ」
「え?」
「僕は最初から、夕菜ちゃんが弘樹のこと好きだって知ってて近付いた。だから、あいつのこと忘れろとは言わない」

 なのに、私と一緒にいてくれるの?
 もしかしたら、奈緒と弘樹を引き離してしまうかもしれないのに?
 牧原君のことを嫌いになってるかもしれないのに?

「でも、いつかは……結局は、僕と夕菜ちゃんはいつかは別れないといけない気がする」

 牧原君はじっと夜空を見上げていた。
 私は何も言えなくて、遠くを見ていた。

「遊びで付き合ってるんじゃないよ、もちろん。そんなんだったら、今日もここに呼んでないし。出来るなら、ずっと……何年経っても、一緒にいたい」

 それは私も同じ気持ちで。
 最初は嫌な印象しかなかったけど、牧原君の本当の気持ちを知ってから、だんだん本気で好きになった。

 何度も助けてもらった。
 弘樹も良い奴だけど、牧原君も負けてなかった。

「アメリカ行く前は、実はまだ大学とか就職をどうするか悩んでた。だけど、今は、向こうでやってく決心がついた。でも……夕菜ちゃんを無理やり連れてくわけにはいかない」
「バスケ選手になるの?」
「それはどうかな。わからない」
「そっか……」

 いろんなことを考えているのに、うまく言葉にならなかった。花火が打ち上げられる度に、思考回路が止まる。

 何を言えば良いんだろう。
 何をすれば良いんだろう。

 考えるほどわからなくなって、ずっと空を見上げている。

「僕のお願い、聞いてくれる?」
「……なに?」
「もうしばらくは──夕菜ちゃんと弘樹の関係が変わらない間は、夕菜ちゃんを彼女と思ってて良い?」

 ──良いに決まってるよ。
 悪いわけが、ないよ。

「それ……こっちの台詞だよ」

 私の方が、どっちつかずでうろうろしそうなのに。

「そう言われれば、そうだな」
「うん」
「今度いつ会えるかわからないけど……良い?」
「良いよ。でも、もし……」
「もしもの話はダメ」

 もし、牧原君への気持ちが冷めてしまったら……。
 もし、弘樹との距離が縮みそうになってしまったら……。

 その日がこんなに早くやってくるなんて、絶対、何かの間違いだよ。
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