卒業証書は渡せない
3.ドアの前で
あと少しで教室というとき、
「ま、待って夕菜、あの……」
私の斜め後ろを歩いていた奈緒は私の腕を引っ張った。廊下の窓から差し込む光が奈緒の顔を照らしている。
「なに?」
奈緒の心情はわかっていた。私にこういう経験はないけど、もし私が奈緒の立場だったら、たぶん同じことをする。意地悪にそのまま元気よく教室に入っても良かったけど、奈緒のためにもそれはやめた。
「あの……、私をひとりにしないでね……?」
「ひとり? あ、弘樹君と2人にしないでってこと?」
奈緒はうなづき、深呼吸してからまっすぐ前を見た。
教室のドアは開いていたけど、電気はついていなかった。
でもそこに弘樹はいた。鞄から出した荷物をロッカーに入れているところだった。
「おはよう。早いねー」
「ん? あー……おっす」
「……おはよう」
教室の中には、私と奈緒、それから弘樹の他に誰もいない。しかも、奈緒は弘樹に言うべきことがある。弘樹もそれを待っている。私は邪魔者。でも奈緒は、ひとりにしないで欲しいと言っていた。
じゃあ、どうしろと──?
とりあえず私と奈緒は、自分の机に荷物を置いた。
「ねぇ弘樹君、なんでこんな早いの?」
「なんでって、別に……」
しまった。聞くべきじゃなかった。わかってるくせに。
弘樹に会ってすぐに返事をすると言っていた奈緒は、まだ自分の席にいた。何をしてるのかはわからない。弘樹はロッカーの整理を終え、そのまま教室の外へ出て行った。
「あれ? 弘樹君は?」
奈緒は気づいていなかったらしい。
「どっか行ったよ。奈緒が遅いから」
「えっ、そんなこと言ってた?」
「ううん。多分そーかなーって。……やっぱり私、邪魔なんじゃないの?」
「そんなことないよ。私が──私が早く……」
早く何なのかを言うより先に、奈緒は走り出していた。
「奈緒? どこ行くの?」
「探してくる!」
「探してくる、ってちょっ……奈緒!」
「うわあぁっ!」
「うわっっ!」
ドーン!
教室から飛び出そうとした奈緒がドアにぶつかったのと、外から弘樹が入ってこようとしたのは同時だった。奈緒が痛そうにしているところを、弘樹は正面から見ていた。私も行こうかと思ったけど、やめた。
「痛……」
「大丈夫?」
奈緒は爪先を強く打ったらしく、その場にしゃがみ込んでしまっていた。私は自分の席に座っているから、奈緒の顔は見えない。
「びっくりした……弘樹君、いるなら言ってよ……」
「いや、俺もまさか……ほんとに大丈夫?」
ドアの横でうずくまる奈緒を心配して弘樹が聞く。けれど、奈緒からの返事はない。
「奈緒ちゃん……?」
「奈緒……? 大丈夫?」
さすがに私も気になって、奈緒の近くに行った。
「奈緒、立てる?」
まだ痛みが残るのか、奈緒は爪先に力を入れて立とうとした。そのまま立って弘樹への返事もしてしまうだろう、そう思った。でも奈緒は──。
「奈緒、もしかして頭打った?」
立ち上がった奈緒は前を向こうとせず、手でおでこを押さえていた。
「保健室ってどこ?」
「ま、待って夕菜、あの……」
私の斜め後ろを歩いていた奈緒は私の腕を引っ張った。廊下の窓から差し込む光が奈緒の顔を照らしている。
「なに?」
奈緒の心情はわかっていた。私にこういう経験はないけど、もし私が奈緒の立場だったら、たぶん同じことをする。意地悪にそのまま元気よく教室に入っても良かったけど、奈緒のためにもそれはやめた。
「あの……、私をひとりにしないでね……?」
「ひとり? あ、弘樹君と2人にしないでってこと?」
奈緒はうなづき、深呼吸してからまっすぐ前を見た。
教室のドアは開いていたけど、電気はついていなかった。
でもそこに弘樹はいた。鞄から出した荷物をロッカーに入れているところだった。
「おはよう。早いねー」
「ん? あー……おっす」
「……おはよう」
教室の中には、私と奈緒、それから弘樹の他に誰もいない。しかも、奈緒は弘樹に言うべきことがある。弘樹もそれを待っている。私は邪魔者。でも奈緒は、ひとりにしないで欲しいと言っていた。
じゃあ、どうしろと──?
とりあえず私と奈緒は、自分の机に荷物を置いた。
「ねぇ弘樹君、なんでこんな早いの?」
「なんでって、別に……」
しまった。聞くべきじゃなかった。わかってるくせに。
弘樹に会ってすぐに返事をすると言っていた奈緒は、まだ自分の席にいた。何をしてるのかはわからない。弘樹はロッカーの整理を終え、そのまま教室の外へ出て行った。
「あれ? 弘樹君は?」
奈緒は気づいていなかったらしい。
「どっか行ったよ。奈緒が遅いから」
「えっ、そんなこと言ってた?」
「ううん。多分そーかなーって。……やっぱり私、邪魔なんじゃないの?」
「そんなことないよ。私が──私が早く……」
早く何なのかを言うより先に、奈緒は走り出していた。
「奈緒? どこ行くの?」
「探してくる!」
「探してくる、ってちょっ……奈緒!」
「うわあぁっ!」
「うわっっ!」
ドーン!
教室から飛び出そうとした奈緒がドアにぶつかったのと、外から弘樹が入ってこようとしたのは同時だった。奈緒が痛そうにしているところを、弘樹は正面から見ていた。私も行こうかと思ったけど、やめた。
「痛……」
「大丈夫?」
奈緒は爪先を強く打ったらしく、その場にしゃがみ込んでしまっていた。私は自分の席に座っているから、奈緒の顔は見えない。
「びっくりした……弘樹君、いるなら言ってよ……」
「いや、俺もまさか……ほんとに大丈夫?」
ドアの横でうずくまる奈緒を心配して弘樹が聞く。けれど、奈緒からの返事はない。
「奈緒ちゃん……?」
「奈緒……? 大丈夫?」
さすがに私も気になって、奈緒の近くに行った。
「奈緒、立てる?」
まだ痛みが残るのか、奈緒は爪先に力を入れて立とうとした。そのまま立って弘樹への返事もしてしまうだろう、そう思った。でも奈緒は──。
「奈緒、もしかして頭打った?」
立ち上がった奈緒は前を向こうとせず、手でおでこを押さえていた。
「保健室ってどこ?」