卒業証書は渡せない
43.失ったもの
翌朝、3学期最後の日、いつも通りに登校したけど、途中、奈緒には会えなかった。
弘樹と合流するはずの交差点でも、彼はいなかった。
やっぱり、何か──あったのかな……。
逸る気持ちを抑えながら、少し早足で歩いた。
学校は特に何も変わっていなかった。いつものように笑い声と、昨日の地震怖かったね、という話もちらほら聞こえた。
自分の席に荷物を置いて、私は廊下に出た。
誰か、奈緒を見た? とか。弘樹は来てる? とか。
聞きながら歩いたけど、誰も答えてくれなくて。
私を見たら顔を背ける人までいて。
ようやく1人の男の子が、「木良なら、さっき職員室に行ったよ」と教えてくれた。
職員室のほうへ歩いていると、戻って来る弘樹に出会った。
「あっ、いた! 弘樹!」
「ああ……おはよう。そうだ、昨日ごめんな、メール見てなくて……とりあえず、大丈夫だから」
「うん。いいよ。ねぇ、奈緒は? 奈緒も昨日から連絡とれないんだけど」
そう聞いた瞬間、弘樹は俯いてしまった。
「どうしたの? 元気ないけど……何かあったの?」
大丈夫? と腕を掴むと、弘樹はゆっくり顔を上げた。
今まで見たこともない、辛そうな表情だった。
「どうしたの……ま、まさか──」
「奈緒には、もう──会えない」
言葉の意味がわからなかった。
「会えないって、どういう……」
「俺も昨日、何回も奈緒にメールした。電話もした。でも、返事はなかった。それで、気になって、今朝、家に行ったら──もう、冷たくなってた。今晩、お通夜だって」
頭の中が真っ白だった。
古い木の電柱が折れて、その下敷きになった、と言う弘樹の声が遠くのほうで聞こえた。
何も考えられなかった。
「な……奈緒……うそ……」
身体から力が抜けていき、床に膝をつく手前で強い力に引きあげられた。でも、私は起き上がれなかった。
「そんなの、そんなの……嘘に決まってるよ……嘘だよ……嫌だよ……ねぇ、奈緒は、元気なんでしょ、ねぇ、弘樹──」
言葉を続けることは出来なかった。弘樹に力いっぱい抱きしめられて、前が見えなくなった。頭を押さえる彼の手が、髪をぎゅっと握った。
「嘘じゃ、ない……」
弘樹の声はかすれていた。必死に泣くのをこらえていた。
でも、私は──我慢は出来なかった。
お葬式には最初から最後までいた。最後の最後まで、奈緒と一緒にいたかった。それは弘樹も同じで、斎場にも一緒に行った。
「弘樹君、本当に、奈緒のこと、ありがとう。これ、貰ってくれないかしら」
奈緒の母親・由衣は弘樹に小さい箱を渡した。
「奈緒が、弘樹君との思い出、って大切にしてた物ばかり集めたの。うちで持ってるより、弘樹君のほうが奈緒も喜ぶわ」
「──ありがとうございます。ずっと、大切にします」
それから父親・良介にも挨拶をして、私と弘樹は大島家を出た。振り返りたかったけど、振り返ったら泣きそうで、けれど前を向くこともできなかった。
「手、出して」
前を歩く弘樹が振り返った。
「え? なんで?」
「良いから、出せ」
私が動き出す前に、弘樹は私の手を強引に引いて歩きだした。
と思ったのは一瞬。力は強くても、握り方が優しすぎて。手は小刻みに震えてて。
誰かに触れていたかったのは、私だって同じだった。
弘樹と合流するはずの交差点でも、彼はいなかった。
やっぱり、何か──あったのかな……。
逸る気持ちを抑えながら、少し早足で歩いた。
学校は特に何も変わっていなかった。いつものように笑い声と、昨日の地震怖かったね、という話もちらほら聞こえた。
自分の席に荷物を置いて、私は廊下に出た。
誰か、奈緒を見た? とか。弘樹は来てる? とか。
聞きながら歩いたけど、誰も答えてくれなくて。
私を見たら顔を背ける人までいて。
ようやく1人の男の子が、「木良なら、さっき職員室に行ったよ」と教えてくれた。
職員室のほうへ歩いていると、戻って来る弘樹に出会った。
「あっ、いた! 弘樹!」
「ああ……おはよう。そうだ、昨日ごめんな、メール見てなくて……とりあえず、大丈夫だから」
「うん。いいよ。ねぇ、奈緒は? 奈緒も昨日から連絡とれないんだけど」
そう聞いた瞬間、弘樹は俯いてしまった。
「どうしたの? 元気ないけど……何かあったの?」
大丈夫? と腕を掴むと、弘樹はゆっくり顔を上げた。
今まで見たこともない、辛そうな表情だった。
「どうしたの……ま、まさか──」
「奈緒には、もう──会えない」
言葉の意味がわからなかった。
「会えないって、どういう……」
「俺も昨日、何回も奈緒にメールした。電話もした。でも、返事はなかった。それで、気になって、今朝、家に行ったら──もう、冷たくなってた。今晩、お通夜だって」
頭の中が真っ白だった。
古い木の電柱が折れて、その下敷きになった、と言う弘樹の声が遠くのほうで聞こえた。
何も考えられなかった。
「な……奈緒……うそ……」
身体から力が抜けていき、床に膝をつく手前で強い力に引きあげられた。でも、私は起き上がれなかった。
「そんなの、そんなの……嘘に決まってるよ……嘘だよ……嫌だよ……ねぇ、奈緒は、元気なんでしょ、ねぇ、弘樹──」
言葉を続けることは出来なかった。弘樹に力いっぱい抱きしめられて、前が見えなくなった。頭を押さえる彼の手が、髪をぎゅっと握った。
「嘘じゃ、ない……」
弘樹の声はかすれていた。必死に泣くのをこらえていた。
でも、私は──我慢は出来なかった。
お葬式には最初から最後までいた。最後の最後まで、奈緒と一緒にいたかった。それは弘樹も同じで、斎場にも一緒に行った。
「弘樹君、本当に、奈緒のこと、ありがとう。これ、貰ってくれないかしら」
奈緒の母親・由衣は弘樹に小さい箱を渡した。
「奈緒が、弘樹君との思い出、って大切にしてた物ばかり集めたの。うちで持ってるより、弘樹君のほうが奈緒も喜ぶわ」
「──ありがとうございます。ずっと、大切にします」
それから父親・良介にも挨拶をして、私と弘樹は大島家を出た。振り返りたかったけど、振り返ったら泣きそうで、けれど前を向くこともできなかった。
「手、出して」
前を歩く弘樹が振り返った。
「え? なんで?」
「良いから、出せ」
私が動き出す前に、弘樹は私の手を強引に引いて歩きだした。
と思ったのは一瞬。力は強くても、握り方が優しすぎて。手は小刻みに震えてて。
誰かに触れていたかったのは、私だって同じだった。