卒業証書は渡せない

45.あいつの考え

 本当は、別れたくない。
 本当は、まだ迷ってる。

 牧原君との出会いは最悪だったけど、彼には何度も救われた。
 もし出会ってなかったら、どうなってたかわからない。

 もちろん、まだ牧原君に別れ話はしていないし、向こうからも来ていない。
 言うべきだとは思うけど、なかなか言い出せない。

「夕菜はそれで良いの? 確かに、遠距離は辛いだろうけど」
「だって、もう……戻って来る可能性も低くなったし。それに、牧原君だって、別れるつもりだと思うよ」

 付き合うことになったとき、牧原君は既に私の気持ちを知っていた。弘樹が好きだけど奈緒のものは奪えない、って悲しんでるのに気付いてた。
 ずっと、他に良い人を探して、って言っていた。

「なんでアメリカに行っちゃったんだろうね。日本にいたら、別れなくて良かったのに」
「……それは、わからないよ」

 牧原君が留学しなくても、地震はきっと起きていた。
 そして、奈緒も──悲しいけど、たぶん同じ。
 弘樹が私のことをどう思ってるかは分からないけど、私が弘樹を支えるように促されると思う。


 弘樹は少しずつ元気になっていったけど、なかなか元通りにはならなかった。

 クラスメイトとも普通に話してるけど。
 先生と進路相談もしてるけど。
 もちろん、彼女になろうと近付いてくる女の子たちは門前払いしてるけど。

 奈緒がいた頃のように、明るくはない。

 帰ろうとしているところを先生に呼ばれて、いつまでも悲しんでても何も変わらない、と言われているのを聞いてしまった。

 何を言えば良いんだろう……。

 もう悲しまないで、なんて言えない。
 弘樹の悲しみは、痛いほどに伝わった。
 それをこんな早くに……消せるはずがない。

「ちょっとくらい顔出せよ」

 声のほうを見ると、弘樹はバレー部員に捕まっていた。
 彼はユニフォームに着替えていて、弘樹を呼びに来たらしい。

「ごめん……まだ、そんな気分じゃない。それに今日は用事があって」
「用事なら良いけど……一年何人か入ったから、見てやってくれよ。じゃあな」

 そう言って弘樹の肩をたたくと、彼は去っていった。

 溜息をついてから帰る弘樹を、後ろから追った。なかなか声をかけられなくて、ずっと後ろから見ていた。


 学校を出て最初の交差点で、弘樹は止まった。

「一緒に行くか?」
「え? ……わ、私に言ってる……?」

 弘樹は振り返って、私を呼んだ。

「気付かねーわけねーだろ。尾行下手すぎ」
「び、尾行じゃないし!」
「じゃ、なんで黙ってついてくるんだよ。尾行だ尾行」

 言い方は嫌そうだったけど、弘樹はちょっとだけ笑った。

「でも、夕菜だけだからな……俺の心配してくれてるのは。あいつも、こっちに戻らねーとか言ってるし。ま、別にいなくても良いけど……」
「それ、牧原君?」
「ああ。前にメール来て、向こうの大学に行くとかこっちに戻らねーとか、あと……夕菜のこと頼む、って書いてあった」
「え?」

 それは、牧原君もやっぱり別れようとしてるってこと?

「会いに行けねーから、俺に代わりになれ、だって。奈緒がいなくなって寂しいだろうからって──」
「弘樹だって、辛いのにね」

 もちろん、私だって辛いけど。
 弘樹に支えてもらうなんて、今は無理だ。

「あいつの考えてること、わからねーな」

 牧原君はきっと、私と弘樹をくっつけようとしてる。
 そのことに弘樹は、まだ気付いてないらしい。
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