卒業証書は渡せない

53.久々の電話

 それから、予定通り、弘樹と話すことは減ったまま、12月になった。
 授業は終わって自習に振り替えてるから、受験に必要な科目を勉強する。
 私が受験するのは文学部だから、数学とかは必要はい。
 もともと、理系の人たちとは違う時間割になっていたから、そういう授業とはほぼ無縁だったけど。
 ちなみに弘樹は社会系の学部に進みたいらしくて、数学の授業を受けている。だから、授業が一緒なのも、少ない。


 牧原君から電話がかかって来たのは、クリスマスの頃の日曜日の朝。
 居留守をしようか迷って、出た。

「あれからどう? 言えた?」
「ううん……何も変わってないよ」

 正直、弘樹の話には触れて欲しくなかったけど。
 せっかく忘れてたのに、思い出して受験に影響しなければ良いけど。
 牧原君は心配して電話くれたから。
 私も思い切って、話をした。

「でも、弘樹は……気付いたかも」
「え? 夕菜ちゃんの気持ちに?」
「ううん。牧原君が、私と弘樹をくっつけようとしてること」

 牧原君は、ああそうか、と言った。

「でも、まさか! って返したら、そうだよな、って……確信はもってないみたいだけどね」
「そこで、その通りだ、って言ったら良かったのに」

 本当は言いたかった。
 でも、言えなかった。

 弘樹は奈緒のもの、ってずっと思ってたから。
 今もそう思ってるし、これからもそうだから。
 それに、弘樹の勘を正解と言ったところで、弘樹が何て答えるのか、聞くのも怖かった。

「琴未が言ってたんだけどね」

 弘樹が元気になってからのこと。
 私の近くにいることが増えて、私を見てるらしい。
 っていうと、牧原君は笑った。

「やっぱ、あいつ、夕菜ちゃんが好きなんだよ。……あれ? 夕菜ちゃん? もしもし?」
「それ……そうかもしれないけど、牧原君には言われたくなかったな……」

 最初の印象は最悪だったけど。短い間だったけど。
 確かに私は牧原君に支えられたし、好きになった。
 今はもう、男の子として見るのはやめたけど、好きは変わってない。

「ごめん……いろいろと……」

 それから、牧原君のことを聞いた。
 大学生になって、勉強が大変になって。
 もちろん、好きなバスケットボールもまだ続けてて、家でじっとしてることはない、って。

 英語はもうペラペラ?
 って聞いたら、英語で何か話してくれた。細かい単語を全部聞きとるのは無理だったけど、『勉強やバスケットボールで忙しいけど、毎日が楽しい。私も早く、幸せな日々を送れるようになって欲しい』っていう内容だった。

「でも、バスケットボールは大学で終わりかな。今はまだ漠然としか考えてないけど、将来は日本で働きたい」
「え? 帰って来るの?」
「いつになるかはわからないけど。海外にも出てる日本の企業に就職して、いつか戻ろうかと思う」

 そのときに再会したいね、とか。
 本当に、どうなってるかわからないね、とか。
 楽しいことをいっぱい話して、少し気分が良くなった。


 まさかその日が、こんなに早く来るなんて──。
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