卒業証書は渡せない

8.日曜日の朝Ⅱ

「ん~……あ、これどう?」
「そんなのダメ、もっときっちりしたやつ!」

 今、私と弘樹は近所のデパートで買い物をしている。

「難しいなぁー……こんなのは?」
「あっ、それいいね!」
「ほんとに? もしダメだったらおまえのせいだからなー!」

 何を探しているのかと言うと、弘樹の服──。

 私が弘樹に呼び出されたのは、私が大島家のことをよく知っているから、という理由で、目的は、弘樹を一人前の男に作りあげること。


「今日、昼から奈緒んち行くんだけど……」

 その一言を聞いた瞬間、さっきまでの弘樹が元気だったのは、これから先にある恐怖を紛らすためだったのだと知った。正確にはあの段階ではまだ予想に過ぎなかったけど。

「もしかして、お呼び出し?」

 弘樹は何も言わずにただ頷いた。怖いのだ。
 私も弘樹も何も言わなかったけど、奈緒が弘樹にyesの返事をしたことはこの時点で確認できた。けれど奈緒がそうしたことはつまり。

 大島家が木良弘樹という人物を試そうと、挑戦状を突きつけたのと同じこと。
 もちろん、奈緒には弘樹を試そうなんてそんな気持ちはない。試そうとしているのは奈緒の父親、大島良介(りょうすけ)

 良介ほど厳しい人物を、私は知らない。学校内でのつきあいに関しては何も言わないのに、それ以外のことはすべて、特に奈緒に男友達が出来たと知ったときは、いつも彼を家に招き、そして自分勝手な判断でほとんどのそれを禁止した。良介がどういう基準で判断しているのかは誰も知らないけど、まず第一印象が悪ければあとでどんな良いことが起こっても否定されるのは確かだった。奈緒は男友達の存在を隠したこともあった。けれど、必ずあとで見つかった。相手が中学生だということを、良介は全く気にしていなかった。奈緒を本当に好きだったら、大島良介に気にいられなければならない。

「昨日の夜、電話かかってきて、明日時間あったら来いって……」

 本来ならば奈緒が買い物につきあうべきなのに、こんなとき奈緒はいつも家に拘束されて外に出ることは出来なかった。

 私は弘樹の何でもない。ただの同級生。友達。……もしかしたら親友?

 間違っても恋人にはなりえないのに、こうして一緒に弘樹の服を選んでいるのは、弘樹を私色に染めているような感じで、奈緒に悪い気がしていた。そしてつい、声に出して言ってしまった。

「おまえ色……いんじゃない? 別に」
「なんでっ? 奈緒はっ?」
「奈緒だったらベストなんだけどなー。ま、今はおまえで我慢しとくよ」

 こいつめ……!

 それからもしばらくデパート内を彷徨い、なるべく良さそうに見えるのをいくつか選んで弘樹の家に戻ったのが正午すぎ。

「それで、奈緒んちには何時に行くの?」

 用事は終わったんだから私はそのまま帰るつもりだったけど、それは許してもらえなかった。だから今は、弘樹の部屋にあったCDで音楽の趣味を探ってみたり、窓から外を眺めたりしている。弘樹はというとどこかの部屋でさっき買ってきた服に着替え、今ここに戻ってきた。ちなみに弘樹の音楽の趣味は特に偏りはなく、流行に乗り遅れない程度に流行りのアーティストを揃えていた。

「あー……1時に着くようにしろって」
「1時? あと30分しかないよ!」
「それくらいあれば大丈夫じゃないの?」
「ダメダメダメダメ、ダメ、ダメ!」

 確かにここから奈緒の家までは10分くらいで行ける。けれど、奈緒の父親は時間15分前に到着することを前提にしている。

 帰らなくて良かった。帰ってたら、弘樹は良介に拒否されるところだった。
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