ひるまの月
Prolog
「臭い。」
電車を降りて最初に口を出た言葉だった。
地下の湿くさいカビのにおい。下水のにおい。誰かの香水。金属とホコリ、空調が運ぶニセモノの空気のにおい。
そして、それら全てに一切気づいていないかのように涼やかな顔で歩き去る人。人。人。
外に出てもそれは同じで。大阪という街には、田畑の青々とした香りも、川から吹く涼やかな風も、顔を上げればそびえ立つ山々も、何一つ無かった。
ただあるのは、何もかもを飲み込んでしまいそうな大きな人の流れと汚さだった。
そして、ここで生きよう。ここに隠れてしまおうと決めた。
ここならば、誰も自分を見つけられないだろうと。