ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない

 百合はじっと彼を見つめ、わかりましたとうなずいた。

 「ただ、何故俺が今告白したか、わかるよな。堂本にお前を取られるのだけは嫌なんだ」

 「……そんな……」

 「それだけは言いたかった。あいつにはない、俺と百合との関係をよく考えて欲しい。頼む」

 百合は自分が堂本を意識しているなんて、ひと言も言ってないのに、何故神楽がそう思い込んでいるのか不思議だった。
 その時は、深く考えていなかった。自分にとって、堂本黎がどれだけ大事な人になっていたのかを。

 出て行く神楽を見つめながら、百合はとりあえずベートーヴェンのソナタ全曲演奏のことを考えようと頭を切り替えた。
 異性関係のことは面倒だから、いつもこうやって音楽にすり替えて忘れてきた。

 今回も忙しくなるし、大丈夫とひとり納得させていた。部屋からはベートーヴェンのソナタが漏れ聞こえはじめた。
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