ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない

 コンクールの受賞者とはいえ、まだ演奏活動を始めてから一年と経っていない。
 自分に自信がなくて、演奏に迷いがあり、ぼおっとしていたせいもあってスカーフをなくしたのだ。
 
 自分の実力がどの程度か、指揮者だけでなく、オーケストラのメンバーからどう思われているのかそんなことばかり気になってしまい、今日の練習でも気がそぞろで演奏を止められた。

 そんなとき、彼に声をかけられ、しかも自分を知っていると言われたのが認められているかのように聞こえて嬉しかった。
 
 話してみれば気さくでいい人だった。
 音楽が好きらしいのはすぐにわかったし、演奏を聴きたいと言ってくれた言葉が、彼女に自分を取り戻させた。
 コンサートに向けて心を前向きにさせてくれた。

 彼に褒めてもらえるような演奏をしたい。百合はその時そう思ったのだ。

 気付くと、窓をマネージャーがトントンと叩いている。外は暗くなってしまっていた。
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