ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない
亀裂
お互いに父親という大きな障害を抱えていたが、会えば不安を吹き飛ばす意味も含めて親密さが増していった。だが、時間はそうなかった。
神楽と話し合った百合は、地方回りの後に海外公演が入っていることを利用して、父親の後援会で弾いた後、その夜の便で最初の訪問国になるアメリカへ少し早く入ることに決めた。後援会の後にすぐに発表となる百合の素性を本人に取材させないためだった。
百合が地方から東京へ戻ってきた夜。黎は百合と久しぶりにマンションで会った。
「黎。話したいことがあります」
夕食の後、部屋で向き合った。最近はすっかり恋人同士となって、百合は黎のことを普段も呼び捨てするまでになっていた。
「ああ。君の生い立ちのことならわかっているから話さなくていいよ」
百合は悲しげな目を向けた。