ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない

 主を見て、また驚いた。こんな顔の黎をいまだかつて見たことがなかった。怖い。般若のようだった。

 「……れ、黎様……な、なにかあったんですね?お、落ち着いてください……」

 柿崎は足が止まり、近づけなかった。とにかく、黎の怒りがすさまじく、こちらに飛び火して燃えてしまうのではないかとおびえた。

 「柿崎。契約書を書いてもらいたい」

 低い声で何か言っている。聞こえない。

 「あ、あの?なんて?」

 こちらをじろりと見た。震え上がる。

 「契約書だ。やりたくはないが、それしかない。そうだ、契約なら文句あるまい」
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