ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない
彼女はこちらを見たような気がした。
気のせいだろう。だが、燃えるような深紅のドレスに身を包み、綺麗に髪を結んでいる彼女はこの間よりずいぶんと大人びて見えた。
演奏は素晴らしかった。
ホールは総立ちになり、ブラボーという沢山の声が響いた。
彼女は指揮者にエスコートされて演奏後二度ほど出てきた。
その後、ショパンのエチュードをアンコールで弾いて終わった。黒鍵のエチュード。黎も好きな曲だった。
受付で預けていた花束を受け取り、楽屋を訪ねようと場所を聞いて廊下を歩いていたら、突き当たりの部屋の前に見た顔がある。
「やあ、久しぶり。堂本、元気だったか?」
神楽だった。学生のときよりも大人びていい男になっていた。
苦学生だった彼は、今は立派なスーツに身を包み、昔の面影がない。目も鋭くなっている。