ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない
「紗江子。それなら、帰国してくれるのか?」
嬉しそうに聞いている父親を黎は苦笑いして見ている。百合も要のこんな姿を初めて見て驚いていた。
「ええ。しばらくは身体の様子を見ながらになるけれど、ここに残ります」
「そうか、そうか。ああ、良かった……」
紗江子は契約書を出すと、真ん中から破りはじめた。
「あっ!」
「こんなものはいりませんよ。百合さん、辛い思いをさせてごめんなさいね。黎のことお願いしてもいいかしら?」
百合は口元を両手で押さえ、頭を縦に振り、泣きながら返事をした。
「は、はい。ありがとうございます……うう……」
黎は百合を抱きしめて背を撫でてやる。
「百合さん、今まですまなかったな。黎と幸せになりなさい。黎、家庭を持つんだ。自覚しろよ」
「はい。もちろんです。父さん、ありがとう。母さん、本当にありがとう」