エリート建築士は傷心した彼女を愛し抜きたい
　真っ赤に染まった冷たい手で鍵を開け、アパートに入ると菜那は急いでヒーターのスイッチを入れた。エアコンもあるけれど電気代が高くつくのと、温まりが遅い。灯油をいちいち買って入れるのは面倒だけれど貧乏な家庭に生まれた菜那にとっては石油ヒーターが一番親しみのある暖房器具だ。


「まだ返事は来てないか～」


　スマートフォンを確認するが樹生からの返事はまだ来ていない。


「ご飯食べよっかな」


　アパートに一人だと何故か独り言が多くなってしまう。着ていたコートを脱ぎ、手を洗ってエプロンをつけて料理を始めることにした。


　家事代行業者で働いているので一通りの料理は作れるし、幼少期からシングルマザーの母親と二人暮らしだったため、家事全般は小学生の事からやってきた。得意なことは何ですか？　という質問をもらったら家事ですと答えられるほど家事しかしてこなっかた幼少期時代。


　高校三年生の時に母親は乳癌になってしまい、菜那は大学に進学する金銭的余裕がなかったため高校を卒業後、唯一のとりえである家事を仕事にするため、カジハンドに就職した。母親は今、治療のため癌センターに入院している。


「ん～、鍋でいっか」


　自分一人の為に凝った料理を作ろうとは思えない。冷蔵庫にある食材を見て使いかけの野菜を全部入れて寄せ鍋にすることにした。とはいえ食べるのは自分だけなので軽く三日分くらいはまとめて作ってしまう。白菜に大根、人参と冷凍しておいたエノキを入れ、小切りにして冷凍しておいた鶏もも肉も凍ったまま鍋に入れ一緒に煮込む。味付けは簡単に酒と醤油、タレはポン酢でいただくことにした。


　両手をしっかりと合わせて「いただきます」をする。大きめのどんぶりによそった鍋を箸で掴み取り、ポン酢の入った小皿に移した。


「ん、美味しい」


　優しい味が口いっぱいに広がった。暖かくて体の中から温まり、それと共に無性に一人が寂しくなる時がある。
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