偽恋人の恋愛事情
「…そっか。でも俺が手を繋いで帰ろうなんて言い出したから…」
深呼吸して
溢れそうな本音を押し殺し、なんとかそうやって返す
しかし
「それは違います!」
思ったより大きい声での反論が来て、思わず目を丸くする
「むしろ…感謝してるくらいです。だってあの大嫌いな父親に、こうやって本音をぶちまけるチャンスをくれたんですから」
…
「こんな機会がなければ、きっと私は一生父親のロボットのままでした。ありがとう、楓くん」
ふわっと
いつか見た笑い方をする
もし、俺たちが本物の恋人だったら
きっとここで優しく抱きしめることができるのだろう
俺がいるから大丈夫だよと、声をかけてあげられるのだろう
きっと彼女も素直に涙を流せるのだろう
でも俺たちは偽物だ
偽りの恋人だ
お互いの逃げ口であり、それ以上でも以下でもないのだ
…でもそれで良い
きっと彼女は俺を偽物だと分かって頼っている
偽物の関係だから
頼れたのかもしれない
それは彼女にしかわからないけど
それに、もし仮に本物の恋人だったら
きっと俺は、彼女の父親に一発拳を喰らわせていると思う
ついでにお兄さんにも
そして今すぐ彼女を連れてどこかへ逃げていくだろう
本物の恋人として、今、彼女を抱きしめてしまったら
きっと二度と離せなくなる
だから…
偽物でいい