偽恋人の恋愛事情



「あ…う」

ひっくと情けない嗚咽を響かせる

「雪音、大丈夫だから。ここは大丈夫なところだから」


…優しくて強い力が腕を捕まえている

逃げようとする私を追いかけてくる


…父も、兄も

雨の中飛び出した私を…追っては来なかったのに

たった1ヶ月、一緒に登下校しただけのこの男が
なぜこんなにも優しくしてくるのだろうか


「…私っ…あんな家、帰りたくないよ」

思わず鈴本くんを見上げてそんな本音をこぼす

「もう疲れた、もう嫌だ」



父親の言いなりになるのも
兄と比べられるのも

家族に愛されないのも
無駄とわかっていながら、それを求めるのも

もう嫌なんだ



「うん。おいで」

鈴本くんが腕を引いてくれる

私はあああと情けない嗚咽を繰り返しながら

鈴本くんの雨に濡れた肩に、自分の雨に濡れた額を当てた


…きっと本物の恋人同士なら抱きしめ合うのだろう


だけど私たちは違う

私たちは偽物だ

偽りのこの関係に、藁にもすがる思いで助けを求めたのだ


鈴本くんの肩に頭だけを押し付けて

手を背中に回すなんてこと、するはずもなく

ただ制服のスカートを両手で握りしめて泣く


当然彼も…私の背中に手を回すなんてことはせず

ただ傘を持ち、ただ私の腕を強く握っていた


それで、十分だった

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