ごめんあそばせ王子様、 離婚経験者の私に怖いものなどございません
シャルタン家の馬車が玄関前に到着して、お父様が降りていらっしゃった。
「ただいま、フラン。君が迎えてくれるなんて嬉しいね」
私の顔を見つけると、弾むように馬車から降りてきたお父様がいきなりズッコケた。
馬車のステップを踏み外してしまったらしい。
「キャッ! お父様」
私の声を聞いたのか、馬車の中から男性が飛び降りてきて、すぐにペタリとへたり込んだお父様を助け起こしてくださった。
「あなた様は」
「久しぶりだね、フランソワーズ」
「コルニーユ伯爵さま……」
何年ぶりだろう。私の目の前に、ジョゼフ様がいる。
サラサラの銀の髪に濃い緑の瞳を持つ、神秘的な面立ちのジョゼフ様。
スラリとした体躯なのに、肩や胸のあたりはがっちりと筋肉がついている。
「クールビューティー……」
とっても魅力的な方なのに、こんなにときめいたことはなかった。
フランソワーズとして幼いころから何度も会ってきたけれど、これまでジョゼフ様を男性として意識したことはなかったのだ。
年齢が十以上も離れているから相手にされないと思っていたのかもしれない。
でも、郁子の好みが加わったからか、淑女の意識がぶっ飛ぶくらいジョゼフ様が輝いて見える。
そろそろ三十半ばを過ぎていらっしゃるというのに、とても若々しい方だ。
整い過ぎているのが欠点と言えば欠点かもしれない。だって、隣に立つ女性が霞んでしまうもの。
「ドストライク」
私の口から小さな呟きが漏れてしまっているようだ。
後に控えていたルルだけには聞こえたらしい。
慌てたようにコホコホと、ルルが小さく咳き込んだ。
(い、いけない!)
私は慌てて表情を取り繕って、ジョセフ様に支えられているお父様のそばにしゃがみ込む。
「お父様、大丈夫?」
「ああ、なんとか……イタタ」
お父様の様子を見てセバスチャンが指示を出したのか、数人の男性使用人がお父様を抱えて屋敷の中に連れて行く。
「どうやら侯爵は君の顔を見て、嬉しさのあまり足を滑らせてしまったようだね」
「まあ」
開いた口が塞がらない。
お父様はそういう方だというのを忘れていた。
黙って立っていればなかなかの美丈夫だしお仕事はおできになるのだけど、なんというかタイミングが悪いのだ。
国王陛下から領地経営についてお褒めの言葉をいただくという日に風邪をひいたり、お母様との結婚記念日に舟遊びの約束をしていたら天気が悪くなったり、数え上げたらキリがない。
「狩りをお楽しみいただいてよかったと思っていたら、こんなことになって申し訳ない」
「とんでもございません。こちらこそ助けてくださってありがとうございます」
私は深々と頭を下げた。
「ちょうど王都に戻る予定だったから、侯爵が一緒にと誘ってくださって馬車に同乗していたんだ」
チラリと馬車の座席に人影が動いた。
こちらからは見えないが、もうひとり中にいるようだ。
「中の方は?」
「ああ、娘のジャンヌですよ」
伯爵家のひとり娘ジャンヌ・ド・コルニーユ様だろう。
まだ十二歳くらいと聞いている。
その時、セバスチャンが戻ってきた。
「お嬢様、旦那様から伯爵さまをご招待しているからと伺いました」
「失礼いたしました。伯爵様、ようこそお越しくださいました」
「ありがとう」
そう微笑んでくださったジョゼフ様に、私の胸はときめいた。