ごめんあそばせ王子様、 離婚経験者の私に怖いものなどございません
このところ、ジャンヌ様が気になるのかジョゼフ様がよく領地まで訪ねてきてくださる。
愛した人との忘れ形見だもの。父親としての愛情たっぷりなんだな~と羨ましく感じてしまうくらいだ。
わがシャルタン家の領地は王都から少し離れているから、早朝に王都を馬車で出発しても着くのは夕方だ。
それでも週末には欠かさずといっていいくらいの頻度で訪ねてくださる。
お父様の了解もあって、ジョゼフ様は泊りがけでの滞在だ。
世間的にみれば未婚の私がいるのにどうかと思われるだろうけれど、私的には大歓迎だ。
(なにしろ、目の保養になるし……)
あんなにスラリとしているのに、ジョゼフ様はよく食べてよく飲む健啖家だ。
領地でとれた新鮮な野菜をたっぷり使った料理を喜んで召し上がってくださるし、我が家自慢のワインも好評だ。
それにジャンヌ様が作ったといえば、デザートの甘いものまで完食なさる。
ジャンヌ様とジョゼフ様と私の三人で囲む食卓は、華やいでいてまるで家族のよう。
無口な方だと思っていたけど、ジョゼフ様は楽しい方だ。
最近の王宮での出来事から人気のお店のことまで、領地に引きこもっている私たちに幅広い話題を提供してくださる。
「お父様がこんなにおしゃべりがお好きだなんて、びっくりしました」
「ジャンヌやフランソワーズといると、つい話してしまうんだ」
「王都の話題は大歓迎ですわ。この辺りまでは噂すら届いてきませんから」
三人だけの和やかな夕食の時間は、シャンデリアの煌めくダイニングルームではなく小食堂を使っている。
といっても、郁子の認識ではちょっとしたレストランくらいの広さだけど。
ここならお互いの顔もよく見えるし、会話も弾むのだ。
小食堂での食事をご提案した時、伯爵さまはとても喜んでくださった。
「いい考えですね。ジャンヌとゆっくり過ごせます」
もちろんジャンヌ様も大喜びだ。
王都の屋敷では、お忙しいお父様と食事を一緒にすることすらなかったのだろう。
(これって、家族っぽく見えないかしら⁉)
そんな考えが浮かんできて、ついニマニマとしてしまう。
「ねえ、お父様」
「なんだい? ジャンヌ」
「私、こんな暮らしがずっと続いて欲しいな~」
小首を傾げて甘えたようにお父様におねだりするジャンヌ様。小悪魔的要素もお持ちのようだ。
「そうだね。とても温かい雰囲気で心が休まるよ」
きっと王都のお屋敷に戻ってからも、おふたりだけでの食事は小食堂をお使いになることだろう。
(父娘が仲良くなってよかった)
私の第一の目標は達成できたようだ。
ジャンヌ様は以前と違ってとても素直におしゃべりするようになった。
もちろん、社交界デビューしたら本音でしゃべるなんてなかなかできないけれど、家族の団欒だったらいいはずよ。
これからも父と娘の交流は大切だもの。
「毎日、こんなに楽しい時間が過ごせるといいね」
ジョゼフ様がそう言いながら、ジャンヌ様から私の方に熱のこもった視線を向けてこられた。
なにか言わなくちゃと思いながら、こんな時にポンコツなおばちゃんは言葉が出てこない。
なにしろ橋本郁子の経験値は低すぎて、熱い視線を向けてくださる男性に免疫がないのだ。
「おふたりに喜んでいただけたら嬉しいですわ」
ポポっと頬が熱くなったのはワインのせいにしよう。
言葉少なくなった私が恥じらっているように見えたのか、ジョゼフ様は微笑んでくださる。
「ごちそうさまでした。もう眠くなっちゃったから、お部屋に戻りま~す」
気を遣ってくれたのか、ジャンヌ様がサッサと立ち上がって先に食堂から自室に戻ってしまう。
ルルとか使用人はいるけれど、私とジョゼフ様は視線を交わしながら戸惑っている。
(こ、これは……)
前に進んでいいか、このままでいいのかといった駆け引きの瞬間ではなかろうか。
「フランソワーズ」