ごめんあそばせ王子様、 離婚経験者の私に怖いものなどございません
尾骨に響くような甘くて低いジョゼフ様の声。
「はい」
「あなたにお礼を言わなければ」
「お礼だなんて」
またまた私の頬は熱を持つ。
こんな素敵な方と見つめあっているなんて、信じられない。
「こんな短い時間でジャンヌがあんないい子になってくれたのは、あなたのおかげだ」
「そんなこと」
「あなたはとても優しくて素晴らしい教養の持ち主だと、手紙にも書いてくるんです」
ジャンヌ様ったら、お父様にあれこれ報告していたのね。
「それを読むのが私の楽しみになってしまった」
「お恥ずかしいですわ、ジョゼフ様」
ルルがふたりのグラスに新しいワインを注いでくれる。
ふと見ると、小食堂の使用人はルルだけになっていた。未婚の私とジョゼフ様がふたりきりになるなんて大変なことになる。
見れば、小食堂の入り口も少し開いているから、扉の外にはアランが控えているのだろう。
「実は、侯爵には許可をいただいているんです」
「許可? なんでしょうか」
「あなたに求婚することを」
「え?」
き、きゅうこん……と、おっしゃったのかしら。
私の心臓はバクバクと音をたて始めた。
「侯爵がケガをなさった日、あなたはテキパキと処置をなさっていた」
「は、はい」
「高貴なご令嬢がお父上のためとはいえ、自ら手を濡らしてまで」
「あたり前ですわ、家族ですから」
「そうですね。家族とは、そういうものでした」
ジョゼフ様の表情がほんの少し暗くなったのはなぜかしら。
「そして、あなたはジャンヌのことを上手く導いてくださった」
「導くだなんて……」
「父親では気づかないことだらけだったんでしょうね。お恥ずかしい」
「そんな! 伯爵さまはご立派ですわ」
私はその時初めて気が付いた。
ジャンヌ様が心に傷を負っていたように、ジョゼフ様だって大切な娘をどう扱えばいいのか思い悩んで、苦しんでいらしたのだろう。
「私のような年上ではご不満かもしれませんが、ぜひあなたを我が家にお迎えしたい」
私のおばちゃんとしての意識がブレーキをかける。
この方は、ジャンヌ様の家庭教師兼義母となる女性を求めていらっしゃるのだろうか。
「それは、ジャンヌ様のため?」
ジョゼフ様には私の心はお見通しだったのだろう。
いっきに破顔なさった。素敵。
「いえ、私のために、あなたに側にいて欲しい」
「ジョゼフ様」
「私があなたと幸せになれたら、結果的にジャンヌのためにもなるでしょう?」
私の心に迷いはなかった。
「ありがとうございます」
私こそごめんなさい。
郁子の五十五歳プラスフランソワーズの年齢、あえて計算しないけど、あなたよりもずいぶん年上でございます。
でも、このフランソワーズ、心を込めてあなたとジャンヌ様に尽くします!