ごめんあそばせ王子様、 離婚経験者の私に怖いものなどございません
「それはなんだ? 今は詩を書く時間ではないのか?」
ニンマリと笑顔を見せるが、その裏でなにを考えているのかわからない。
それがこの国の王太子、シャルル・ド・ゴンドランテだ。
御年二十二歳。群青の髪と銀の瞳を持つ王妃様の溺愛する第一王子で、王太子様でいらっしゃる。
側妃様にも第二王子様や第一王女様がいらっしゃるが、美しさといい賢さといい比較にならないくらい優れたお方だ。
でも、それだけではない。私の兄のアランが側近のひとりだから、シャルル様の『裏の部分』はなんとなく察している。
笑顔の裏では策を巡らせているし、ご自分の意志を通すためには横暴な振る舞いだって辞さないだろう。
(おばちゃんの意識があるから、今日は落ち着いていられるけど)
ついこの前までのフランソワーズなら、こんな至近距離にシャルル様がいたら震えあがっていたことだろう。
「愛らしいでしょう。子犬の絵ですわ」
「子犬?」
「王宮の広いお庭を駆け回っていたら、どんなに可愛いでしょう」
にっこりと笑いながら答えたら、珍しくシャルル様が表情を変えた。
素のお顔を見せたことがない方なのに、驚いたように目を見開いたのだ。
「君は、犬好きだったかな?」
まずい! そういえば、幼い頃に犬に追いかけられて泣いたことがあった。
兄とシャルル様は学友という名の悪友だ、
シャルル様は幼い頃から我が屋敷や領地によくお見えになっているから、五歳年下の私のことはも生まれた時から知っていらっしゃる。
記憶をたどると、兄やこの方に大きな犬をけしかけられて泣かされたことがあったような……。
「さあ、どうでしたかしら?」
ここは逃げの一手だ。
私はハンカチを手にして、それを口元に持ってきた。
すかさず離れた場所から私を見ていた侯爵家の侍女ルルが近付いてくる。この仕草は合図なのだ。
「お茶会の席までエスコートしよう」
シャルル様が腕を伸ばしてくるかと思ったその時に、私は立ち上がりながら、必殺『眩暈のフリ』をする。
「あ、申し訳ございません。気分が……」
「お嬢様!」
ルルはいい芝居をしてくれた。
「だ、大丈夫よ、ルル」
よろけた私を、ルルが椅子に座らせてくれる。
「お顔の色が真っ青でございます。控えの間に参りましょう」
「お願いね、ルル」
私はハンカチで顔を隠しながらヨロヨロと立ち上がった。
「お目汚しで申し訳ございいません。し、失礼いたします……」
弱々しくカーテシーをして、ルルに支えられながら私は立ち去った。
なんとか疑惑の目を向けるシャルル様から離れることに成功した……と思う。
私はルルと、ルルの兄で護衛騎士のアランに守られながら王宮を後にした。