ごめんあそばせ王子様、 離婚経験者の私に怖いものなどございません
まだ午後の早い時間に侯爵邸に帰ってきたから、家令のセバスチャンは大慌てだ。
(カレイといえばセバスチャンだね)
どうでもいい思考が私の頭をよぎる。
「フランソワーズお嬢様、いったいなに事でございますか?」
「うん。やめようと思って」
「は?」
わが家の一切を取り仕切っている優秀なセバスチャンが目を大きく見開いた。
「お父様たちは、今日は遅いのかしら」
「旦那様はコルニーユ伯爵の別荘で開かれている狩猟会に参加なさっておられます。奥様は妹様の主催されるお茶会にお出かけでございます」
「じゃあ、お父様は今夜はお留守ね」
「はい」
「明日、お帰りになったらお話ししたいことがるの。お時間取っていただいて」
「かしこまりました。奥様はいかがいたしましょう」
「そうねえ」
母は私が婚約者候補になった時から『フランソワーズが王妃になるなんて夢物語だ』って言ってた人だ。
事後報告で十分だろう。
「お母様にはまた後でお話しするわ」
セバスチャンは怪訝な顔をしつつも頷いている。彼なら私のお願いを聞いてくれそうだ。
「お父さまとお話したあと、私は領地に帰るからよろしくね」
「は?」
セバスチャンにしては珍しい、本日二度目の「は?」だ。
私は無視して、自室で寛ぐことにした。
「ルル、お茶をお願い」
複雑そうな顔をして、ルルが口を開けたり閉じたりしている。
なにか言いたいけど、言えば大騒動になりそうだとわかっているんだろう。
(さすが、ルルだわ)
誰よりも私に忠誠を誓ってくれている。
もしかしたら、領地にもついてきてくれるかなと淡い期待を抱いてしまう。
ルルと護衛のアランがいたら最強だ。
私の(郁子の)念願だったスローライフを楽しむのだ。
(とはいえ、侯爵家に迷惑はかけられないよね)
いくら裕福だからって、居候はマズい気がする。
衣食住のすべてを甘えてはスローライフだって面白くないはずだ。
自分の力で暮らせてこその、郁子の願いだった生き方だもの。
ひとり立ちして働くか、家のためにできることを考えるか。
とはいっても結婚以外という縛りを付けたら、選択肢はあまりなさそうだ。
(仕事……なんにもできない私)
侯爵令嬢として十七年間生きてきたから、掃除も洗濯もできない。
だって家電製品もないし魔法もない世界だよ。
(じっと手を見る……)
前世の記憶があっても、なんの役にも立たないことを改めて思い知った。
王太子妃候補者の教育からもオサラバした私は、今や立派な『不良債権』だ。