ごめんあそばせ王子様、 離婚経験者の私に怖いものなどございません
フランソワーズのときめき
翌日、私はお父様が帰ってくるのを今か今かと待ち構えていた。
お父様の趣味は狩猟。
昨日から王都の近くにある、コルニーユ伯爵の別荘に出かけている。
コルニーユ家は、伯爵とはいえ王家とのかかわりの深い由緒ある家柄だ。
有事の際には王宮を守れるように、王都の近くに領地を所有していることからも明らかだろう。
当主のジョゼフ・ド・コルニーユ様とお父様は年が離れているにも関わらず、狩猟友だちとでもいうのだろうか、よくつるんでいらっしゃる。
(そういえば……)
ジョゼフ様が奥様を亡くされてから、ずいぶん経つ。
奥様は出産後から体調を悪くされて、十年ほど前にお亡くなりになったと聞いている。
ひとり娘を遺して逝かれるなんて、悲しいことだ。
ジョセフ様は、それからずっと独身を通していらっしゃる。奥様をとても愛していらしたんだろうな。
郁子の浮気ダンナに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらい、羨ましいことだ。
それにしても、跡継ぎをもうけるために新しい奥様を迎えるのが普通だろうに、十年も再婚なさらないなんて高位貴族にしては珍しい。
(きっと、お嬢様のことを考えているんだろうな)
大切な忘れ形見を預けることができる女性を探していらっしゃるのかもしれない。
この国の貴族は政略結婚が主流だから、うちの両親だって子どもをふたりもうけたらお互いに好き勝手をしている。
お父様は仕事もキチンとなさるけど、趣味とはいえ狩りにお出かけになる時はものすごく嬉しそうだし、お母様はお茶会やら夜会やらで大忙し。たまに屋敷にいればベテランの庭師とばかり話しているのだ。
家族らしい団らんなんて、この十七年間経験したことがない。
「マジに私やお兄様がぐれなかったのは、ルルたち一家のおかげだわ」
口に出ていたのか、またルルが目を丸くしている。
「まじ……ぐれる……」
ルルは必死で単語を覚えようとしているみたいだ。
「どうしたの、ルル?」
「いえ『お嬢様語録』を増やさねばと思いまして」
「語録?」
「たくさん覚えました! 少しでもお嬢様を理解したくて」
「ルル……」
なんていい子なんでしょう。私は感動してしまった。
五十五のおばちゃんの涙腺が緩みそうだ。
その時、控えめなノックが聞こえた。
「旦那様のお帰りでございます」
アランの低い声が扉の向こうから聞こえた。
「いきましょう、ルル」
「ハイ!」
王太子妃候補の教育から外れるためにも、お父様を納得させなければいけない。
私は意気揚々と玄関ホールに向かった。