悪役を買って出た令嬢の、賑やかで切なくて運命的な長い夜のお話
アンドレアが隣に居る安心感からか、夜の王都の風景を見る余裕が出てきた。
 今はさっきいた大通りから、入り組んだ小路へ進んでいる。
 石畳の小路は馬車が一台通れるかの幅だが、車輪が痛みそうなのであまり入ってはこなそうだ。
 ブーツの裏に感じる微かなでこぼこな感触が心地よい。
(アンドレア様と夜の道を並んで歩くなんて、不思議な気分だわ)
 雲の影から顔を出す青白い満月が、並んで歩く二人の影をはっきりと道に落とす。
 いまにもぬるりと地面から抜け出して、逃げてしまいそうなほど濃く真っ黒な影だ。
 小路沿いに並んでいる建物は明かりはどこも消えていたが、ぽうっと淡く白く光る鈴蘭に似た花が道標のように石畳の隙間から生えて咲いていた。
 光る花なんて、見たことも聞いたこともない。
「不思議な花ですね……光ってる」
「ああ、これは祝い事がある時、来客が迷わずに辿りつけるように植える花なんですよ」
 このカナン帝国で、そんな花がある話を聞いたことはなかった。
「そんな素敵なお花があるんですね……もしかして、アンドレア様の故郷のお花とか?」
「当たりです。関係者が日を合わせて種を撒いておいたのでしょう……あ、あの花屋で祝いの花を買いましょう」
 アンドレアが指さす先、小路の突き当たり。店先まで草花で溢れた店が姿を現した。
「わあっ! すごい、たくさんの花があります」
 王都でいくつも花屋は見かけたが、こんなにも不思議な店は知らない。
 店内を照らすランプの灯り。天井まて蔦を這わせた黄色の蔦薔薇の花びらな光を受けて光って見える。
 いくつもの水の張られた透明な瓶の中にに浮かぶ、小さな美しく凛とした佇まいの睡蓮。
 色とりどりのチューリップやカトレア、ガーベラやスイートピーが抱えるほど樽に生けられてている。
 中には知らない花も溢れんばかりに並ぶ。
 林檎に似た爽やかな甘い匂いのする白い花、夕暮れの西の空色の大輪、パチパチと雄花が弾けて光や音を立てる百合に似た黒い花。
 興味深くひとつひとつ眺めていると、花たちをそっとかき分けながら奥から店主らしい人物が出てきた。
 
< 16 / 25 >

この作品をシェア

pagetop