悪役を買って出た令嬢の、賑やかで切なくて運命的な長い夜のお話
「……あっ名前を申し遅れました。わたくし、エバ・クマールと申します」
 エバは自らはまだ名乗ってなかったことに気づき、慌てた。
「良い名前だ。アンドレア様をこれからもよろしくね」
 ヒガンにそう言われ、エバはハッとした顔をしてしまいとても慌てた。
 (朝になったら、隙をみて逃げ出す予定だなんて……口が裂けても言えない)
「……エバ様、なにか悪いことでも考えているのですか?」
 アンドレアがにやりと笑って聞いてくるので、更にぎくりとしてしまった。
 そんなエバの様子をころころと笑うように、ふわふわの綿に似た花が一斉に可愛らしく身を揺すって揺れる。
 耳を澄ませると、綿の中から微かな鈴の音が聴こえた。
「……悪いことなんて、考えてません。全然、まったく」
 嘘が顔に出てしまうので、エバはなるたけアンドレアの顔を見ないで早口で返事をした。
 ヒガンが、くっくっと笑っている。
(うう……これでは逆に、考えていると言ってしまったようなものかもしれない)
 アンドレアをちらりと見ると、甘く蕩けた顔をしてエバに向けていた。
 今までこんな……甘い言葉は囁かれていたけれど、聞き流してしまっていた。
 全部、その場を取り繕うお世辞だと思っていたのだ。
 だけど。
 アンドレアの顔は、まるで愛おしい人を微笑ましく見ているような表情で。
「やっぱりエバ様は、どうしようもなく可愛いな」
 目を細め、アンドレアが堪らないとばかりに声をもらした。
 エバは途端に全身の血が沸騰したように熱くなり、顔も真っ赤になってしまった。
 
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