悪役を買って出た令嬢の、賑やかで切なくて運命的な長い夜のお話
明日になったら自分が消えていて、屋敷はひっくり返ったように大騒ぎになる事が予想される。
 父は怒り狂い、母は涙を流して悲観にくれるく振りをして、そうして最後はいつも通りにお互いに責任を擦り付ける為に罵り始めるだろう。
 安易に想像出来るのは、エバの前で幾度となくそういった場面があったからだ。
 執事や侍女達がいつもそっと、その場からエバを連れ出してくれた。
 (父や母は家門や見栄は大事にするのに、家族は蔑ろにするのよね)
 寝巻きから引っ張り出してきた簡素なドレスに着替えながら、頭の中で何度も屋敷を抜け出す経路を考える。
 皆が寝静まった頃だと、門の鍵が掛けられてしまう。なので、父を乗せた馬車を待つのに解錠されている今でないと。
 時刻は二十二時少し前、大半の使用人達は別棟にある自分の部屋に帰っている。
 本宅であるこちらの屋敷に残っているのは、執事と数人の使用人、それと明日の食事の仕込みをしている料理人だけだ。
 ここは二階。窓からシーツを垂らして脱出も考えたが、自分の体力と腕力の無さを自覚しているエバはその提案を真っ先に打ち消した。
「やっぱり、そうっと正面から抜け出すしかないか」
 エバはこういう時、何よりも自分の運を信じる事にしている。
「大丈夫、見つからない。気をつけて行けば大丈夫」
 言い聞かせるように呟き、深呼吸をする。
 見つかった時の言い訳なんて、縁起が悪いから考えるないとエバは決めていた。
 
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