皇妃エトワールは離婚したい~なのに冷酷皇帝陛下に一途に求愛されています~
用意されていた夜着は白色で、レースとフリルがふんだんに使われたものだった。前を複数のリボンで留めるかわいらしいデザインはいかにも初夜の妻らしく、エトワールによく似合っている。
レーネが部屋を出ていきひとりきりになったエトワールは、寝台の端に腰かけて、暖炉で揺れる火をジッと見つめていた。
これから、ここにアルフレートがやってくる。
今日があの悲惨な最期へと向かう始まりの日なのだと自覚していても、エトワールはアルフレートが今生きていることを喜ばずにはいられなかった。
それでも瞬きのたびに瞼の裏に映るのは、血に濡れたアルフレートの姿だ。
歓喜と恐怖が心の中でぐちゃぐちゃに混じり合っていて、エトワールはまだその複雑な感情に名前を付けられずにいた。
顔を見たいのに見たくない。会いたいのに会いたくない。
ただ、ずっと耳元で鼓動が鳴り続けている。
少しして、ふたりの寝室の間にある扉が、夜の静けさに相応しく控えめに叩かれた。
「──入ってもいいだろうか」
扉の外からかけられた低い声は、音量を抑えていてもよく響く。
エトワールが結婚のためにシュテルフェン皇国に来て二週間、多忙なアルフレートと顔を合わせるのは儀式の場ばかりで、ほとんど会話をしてこなかったはずだ。
だから結婚してすぐの頃には、戦勝国の皇帝で軍神であったアルフレートのことを、少し恐れていたように思う。よく聞いてみれば、この声も、エトワールを怖がらせないようにしようという気遣いに溢れているのに。
「はい……」
エトワールが囁くような声で返すと、扉がそっと開かれた。
そこにいたのは、見慣れた姿よりもわずかに若いアルフレートだった。
普段は整えている髪は下ろされており、アイオライトの輝きを湛えた青紫色の瞳の中には暖炉の火が揺れている。
「待たせてしまっただろうか」
「い、いえ。大丈夫です」
「そうか」
エトワールはアルフレートから目が離せなかった。
アルフレートが生きていて、その澄んだ瞳にエトワールを映している。そう思うと、それだけで胸がいっぱいになって泣き出してしまいそうだ。
「──酒を用意してきた。少し飲まないか」
アルフレートは持っていた籠をエトワールに見せた。
中に入っているのはシュテルフェン皇国で造られている飲みやすい果実酒だ。
こういった場では、度数の高い酒を飲ませる男性が多いと礼儀作法の家庭教師から聞いていたが、アルフレートが持ってきたのは度数が低くエトワールでも純粋に楽しむことができるものだった。一度目の結婚生活で、エトワールが好きになった酒だ。
「ありがとうございます。いただきますわ」
アルフレートはエトワールの返事を聞いて、暖炉のそばに置かれたテーブルに酒を用意した。
エトワールが向かい合っているソファーの片方に座ると、アルフレートもその向かいに腰かける。小さなグラスには、アルフレートが魔法で作った氷が入っている。
アルフレートも魔法は得意な方なのだ。
「少しでも緊張が解れるようにと思って」
「……ありがとうございます」
アルフレートがグラスを掲げる。
エトワールはそれに応じて、ゆっくりと持ち上げたグラスを傾けた。
時間が巻き戻った反動だろうか、それとも今日の結婚式で疲れているのか。なんとなく思うように体が動いてくれない気がする。
飲んだ酒はほのかな甘さと適度な酸味が爽やかで、アルフレート以外見えなくなっていたエトワールの視界を少し広げてくれるようだった。
「……今日まであまり話せずにきてしまったな」
話しているうちに、記憶も少しずつ鮮明になってくる。
アルフレートの顔が強ばっているのは、緊張しているからだ。
華奢なエトワールを壊してしまいそうで触れるのが怖い、と言われたこともあった。当然、一度目の結婚生活でのことだが。
今のアルフレートから言われたわけでもないのに、エトワールはかつてと同じ振る舞いをするアルフレートに対して急に恥ずかしくなってしまう。
「そ、そうですわね。お忙しいのですから仕方がありませんわ」
「ありがとう。そう言わせてしまってすまない」
アルフレートはまっすぐだ。こんな些細な言葉にも、丁寧に謝罪をしてくれる。国内外から恐れられる軍神皇帝の名からは想像もできない律儀さだ。
エトワールはその後に続くアルフレートの言葉を思い出して、わずかに目を伏せた。
一度目の結婚生活で、最初エトワールはアルフレートのことを心から恐れていた。
戦場で多くの命を奪い、絶対的な強者として君臨していたアルフレート。
当然敗戦国のユーヴェリー王国にその姿は歪めて伝えられ、戦時中は異形のような見た目をしているとまで言われていた。
しかし実際会ってみると、アルフレートは誰が見ても美丈夫だ。
なにもしなくても艶やかな黒髪は夜の闇よりも深く、青紫色の瞳はまるで宝石のアイオライトのように輝いている。表情が乏しいせいで恐ろしく見えてしまうが、顔立ちもすっきりと整っていた。戦場を駆けるために鍛えられた体には無駄な筋肉などひとつもない。
その姿は神が愛情込めて作り上げた、とっておきの芸術作品のようだ。
伝えられていたことがほとんどでまかせであるとわかった後、エトワールがアルフレートの中に見つけたのは、家族の愛に飢えている少年のような頼りなさだった。
「私は、君と仲よくなりたいと思っている」
エトワールをきちんと受け入れようとしてくれているのは、優しさだけでなく、アルフレートが温かな家庭を持つことがなかったが故の憧れでもある。
幼い頃に母を亡くし、二年前に自らの手で父を殺さなければならなかったからこそ、いつか生まれる自分の子供には心安らげる家族を与えたいと思っているのだ。
それ故に本当は自分に自信がないこともエトワールは知っていた。
かつてエトワールはアルフレートの心の傷に触れて、少しでも癒やしてあげたいと願っていた。しかし、今のエトワールはアルフレートから愛されるわけにはいかない。
心苦しいが、ここは素直に同意をしてはいけないのだ。
エトワールはあえてグラスで口元を隠して首を傾げた。
「どうしてそのようなことを? 今日まで私たちは、一度もまともに会話などしておりませんわ。これからもどうぞ政略結婚の駒として、お好きにお使いくださいませ」
どうにか拒絶の言葉を言うことができたと、エトワールは小さく溜息をつく。
本当は、話を聞いて頷きたい。だがそれをすれば、エトワールは今夜アルフレートに抱かれることになるだろう。
「そんな悲しいことを言うな。戦勝国に嫁ぐなど、国のためとはいえ辛いことであっただろう。だが嫌な顔ひとつせず、粛々と今日まで自身の義務を果たそうとする君の姿勢を、私は好ましく思っている」
「陛下──」
「私は君のことを尊敬している」
アルフレートの言葉に計算はあるかもしれないが、嘘はひとつもない。
「私のことは、アルフレートと名前で呼んでほしい」
アルフレートの瞳が揺れる。夜の闇に色を失った不安定な瞳が、エトワールを捕らえている。
アルフレートの右手が、エトワールの左手の指に触れた。
その温かさを受け入れてはいけないのに、エトワールは苦しいほどに心惹かれてしまう。
なぜならエトワールは、一度目の結婚生活で、アルフレートと想い合い、毎日アルフレートからの愛を受け取っていたのだ。
呼んではいけない。
呼んでしまったら、これが破滅への一歩になるかもしれない。
指先が震えて、右手で持っていたグラスが指の間を滑って落ちた。まだ残っていた酒が絨毯に染みを作っていく。
「──大変、早く使用人を」
「エトワール」
咄嗟に立ち上がろうとしたエトワールは、アルフレートに手を握られて動けなくなる。
どうしよう。どうしたら。
頭痛がひどくなってきて、足先から体温が床に吸い込まれていくような気がした。
「申し訳──」
立ち上がったアルフレートが、エトワールのそばに歩み寄ってくる。
繋いだままの手の温度が混じり合っていく。
アルフレートにすぐ近くで屈んで目線を合わせられ、エトワールはどうしたらいいのかわからなくなってしまった。考えがまとまらないまま、震える声で謝ろうとしたエトワールを落ち着かせるように、アルフレートがゆっくりと手の甲を擦ってくれる。
「顔色が悪い。今日は朝も早かったが……体調が悪いのではないか?」
「いえ、その……少し疲れてしまいまして。今日はその」
まさか殺されて戻ってきたと言うわけにもいかない。言葉が見つからずに口を閉ざしたエトワールを、噂では冷酷なはずのアルフレートはそれでも見捨てないのだ。
「そうだな。もう休んだ方がいい。立てるか?」
「え? ええ」
アルフレートに手を借りて立ち上がったエトワールは、硬く大きな手の平を頼りに寝台まで歩いた。普段よりも足が重くて、色々なことがあって疲れているのだと納得する。
エトワールが夫婦のために用意された大きな寝台に乗ると、アルフレートも隣にやってくる。また手を繋がれて、エトワールの心臓がどくんと大きく跳ねた。
その時、アルフレートが目尻を下げて苦笑した。
「──今夜はなにもしない。ただ、念のため明日の朝、侍医の診察を受けてくれ」
「わかりました。お気遣い、ありがとうございます」
エトワールは素直に頷いて、寝台の端の方に横になった。
疲れているだけだとは思うが、『代償』のこともある。万一、体になにか疾患が見つかったら未来を変えるどころではない。侍医を手配してくれるというのなら、その言葉に甘えた方がよさそうだ。
アルフレートはそれ以上エトワールに近付こうとせず、紳士的な距離を適切に保ったまま目を閉じる。
様々なことがあったからなかなか寝つけないだろうと思っていたが、エトワールはいつの間にか眠ってしまっていた。
疲労が溜まっていたからか、突然の二度目の結婚生活に驚いて、情報を整理するために睡眠が必要だったのか。わからないが、エトワールは朝まで熟睡した。
隣でアルフレートが魘されていることにも、気付かないままに。
レーネが部屋を出ていきひとりきりになったエトワールは、寝台の端に腰かけて、暖炉で揺れる火をジッと見つめていた。
これから、ここにアルフレートがやってくる。
今日があの悲惨な最期へと向かう始まりの日なのだと自覚していても、エトワールはアルフレートが今生きていることを喜ばずにはいられなかった。
それでも瞬きのたびに瞼の裏に映るのは、血に濡れたアルフレートの姿だ。
歓喜と恐怖が心の中でぐちゃぐちゃに混じり合っていて、エトワールはまだその複雑な感情に名前を付けられずにいた。
顔を見たいのに見たくない。会いたいのに会いたくない。
ただ、ずっと耳元で鼓動が鳴り続けている。
少しして、ふたりの寝室の間にある扉が、夜の静けさに相応しく控えめに叩かれた。
「──入ってもいいだろうか」
扉の外からかけられた低い声は、音量を抑えていてもよく響く。
エトワールが結婚のためにシュテルフェン皇国に来て二週間、多忙なアルフレートと顔を合わせるのは儀式の場ばかりで、ほとんど会話をしてこなかったはずだ。
だから結婚してすぐの頃には、戦勝国の皇帝で軍神であったアルフレートのことを、少し恐れていたように思う。よく聞いてみれば、この声も、エトワールを怖がらせないようにしようという気遣いに溢れているのに。
「はい……」
エトワールが囁くような声で返すと、扉がそっと開かれた。
そこにいたのは、見慣れた姿よりもわずかに若いアルフレートだった。
普段は整えている髪は下ろされており、アイオライトの輝きを湛えた青紫色の瞳の中には暖炉の火が揺れている。
「待たせてしまっただろうか」
「い、いえ。大丈夫です」
「そうか」
エトワールはアルフレートから目が離せなかった。
アルフレートが生きていて、その澄んだ瞳にエトワールを映している。そう思うと、それだけで胸がいっぱいになって泣き出してしまいそうだ。
「──酒を用意してきた。少し飲まないか」
アルフレートは持っていた籠をエトワールに見せた。
中に入っているのはシュテルフェン皇国で造られている飲みやすい果実酒だ。
こういった場では、度数の高い酒を飲ませる男性が多いと礼儀作法の家庭教師から聞いていたが、アルフレートが持ってきたのは度数が低くエトワールでも純粋に楽しむことができるものだった。一度目の結婚生活で、エトワールが好きになった酒だ。
「ありがとうございます。いただきますわ」
アルフレートはエトワールの返事を聞いて、暖炉のそばに置かれたテーブルに酒を用意した。
エトワールが向かい合っているソファーの片方に座ると、アルフレートもその向かいに腰かける。小さなグラスには、アルフレートが魔法で作った氷が入っている。
アルフレートも魔法は得意な方なのだ。
「少しでも緊張が解れるようにと思って」
「……ありがとうございます」
アルフレートがグラスを掲げる。
エトワールはそれに応じて、ゆっくりと持ち上げたグラスを傾けた。
時間が巻き戻った反動だろうか、それとも今日の結婚式で疲れているのか。なんとなく思うように体が動いてくれない気がする。
飲んだ酒はほのかな甘さと適度な酸味が爽やかで、アルフレート以外見えなくなっていたエトワールの視界を少し広げてくれるようだった。
「……今日まであまり話せずにきてしまったな」
話しているうちに、記憶も少しずつ鮮明になってくる。
アルフレートの顔が強ばっているのは、緊張しているからだ。
華奢なエトワールを壊してしまいそうで触れるのが怖い、と言われたこともあった。当然、一度目の結婚生活でのことだが。
今のアルフレートから言われたわけでもないのに、エトワールはかつてと同じ振る舞いをするアルフレートに対して急に恥ずかしくなってしまう。
「そ、そうですわね。お忙しいのですから仕方がありませんわ」
「ありがとう。そう言わせてしまってすまない」
アルフレートはまっすぐだ。こんな些細な言葉にも、丁寧に謝罪をしてくれる。国内外から恐れられる軍神皇帝の名からは想像もできない律儀さだ。
エトワールはその後に続くアルフレートの言葉を思い出して、わずかに目を伏せた。
一度目の結婚生活で、最初エトワールはアルフレートのことを心から恐れていた。
戦場で多くの命を奪い、絶対的な強者として君臨していたアルフレート。
当然敗戦国のユーヴェリー王国にその姿は歪めて伝えられ、戦時中は異形のような見た目をしているとまで言われていた。
しかし実際会ってみると、アルフレートは誰が見ても美丈夫だ。
なにもしなくても艶やかな黒髪は夜の闇よりも深く、青紫色の瞳はまるで宝石のアイオライトのように輝いている。表情が乏しいせいで恐ろしく見えてしまうが、顔立ちもすっきりと整っていた。戦場を駆けるために鍛えられた体には無駄な筋肉などひとつもない。
その姿は神が愛情込めて作り上げた、とっておきの芸術作品のようだ。
伝えられていたことがほとんどでまかせであるとわかった後、エトワールがアルフレートの中に見つけたのは、家族の愛に飢えている少年のような頼りなさだった。
「私は、君と仲よくなりたいと思っている」
エトワールをきちんと受け入れようとしてくれているのは、優しさだけでなく、アルフレートが温かな家庭を持つことがなかったが故の憧れでもある。
幼い頃に母を亡くし、二年前に自らの手で父を殺さなければならなかったからこそ、いつか生まれる自分の子供には心安らげる家族を与えたいと思っているのだ。
それ故に本当は自分に自信がないこともエトワールは知っていた。
かつてエトワールはアルフレートの心の傷に触れて、少しでも癒やしてあげたいと願っていた。しかし、今のエトワールはアルフレートから愛されるわけにはいかない。
心苦しいが、ここは素直に同意をしてはいけないのだ。
エトワールはあえてグラスで口元を隠して首を傾げた。
「どうしてそのようなことを? 今日まで私たちは、一度もまともに会話などしておりませんわ。これからもどうぞ政略結婚の駒として、お好きにお使いくださいませ」
どうにか拒絶の言葉を言うことができたと、エトワールは小さく溜息をつく。
本当は、話を聞いて頷きたい。だがそれをすれば、エトワールは今夜アルフレートに抱かれることになるだろう。
「そんな悲しいことを言うな。戦勝国に嫁ぐなど、国のためとはいえ辛いことであっただろう。だが嫌な顔ひとつせず、粛々と今日まで自身の義務を果たそうとする君の姿勢を、私は好ましく思っている」
「陛下──」
「私は君のことを尊敬している」
アルフレートの言葉に計算はあるかもしれないが、嘘はひとつもない。
「私のことは、アルフレートと名前で呼んでほしい」
アルフレートの瞳が揺れる。夜の闇に色を失った不安定な瞳が、エトワールを捕らえている。
アルフレートの右手が、エトワールの左手の指に触れた。
その温かさを受け入れてはいけないのに、エトワールは苦しいほどに心惹かれてしまう。
なぜならエトワールは、一度目の結婚生活で、アルフレートと想い合い、毎日アルフレートからの愛を受け取っていたのだ。
呼んではいけない。
呼んでしまったら、これが破滅への一歩になるかもしれない。
指先が震えて、右手で持っていたグラスが指の間を滑って落ちた。まだ残っていた酒が絨毯に染みを作っていく。
「──大変、早く使用人を」
「エトワール」
咄嗟に立ち上がろうとしたエトワールは、アルフレートに手を握られて動けなくなる。
どうしよう。どうしたら。
頭痛がひどくなってきて、足先から体温が床に吸い込まれていくような気がした。
「申し訳──」
立ち上がったアルフレートが、エトワールのそばに歩み寄ってくる。
繋いだままの手の温度が混じり合っていく。
アルフレートにすぐ近くで屈んで目線を合わせられ、エトワールはどうしたらいいのかわからなくなってしまった。考えがまとまらないまま、震える声で謝ろうとしたエトワールを落ち着かせるように、アルフレートがゆっくりと手の甲を擦ってくれる。
「顔色が悪い。今日は朝も早かったが……体調が悪いのではないか?」
「いえ、その……少し疲れてしまいまして。今日はその」
まさか殺されて戻ってきたと言うわけにもいかない。言葉が見つからずに口を閉ざしたエトワールを、噂では冷酷なはずのアルフレートはそれでも見捨てないのだ。
「そうだな。もう休んだ方がいい。立てるか?」
「え? ええ」
アルフレートに手を借りて立ち上がったエトワールは、硬く大きな手の平を頼りに寝台まで歩いた。普段よりも足が重くて、色々なことがあって疲れているのだと納得する。
エトワールが夫婦のために用意された大きな寝台に乗ると、アルフレートも隣にやってくる。また手を繋がれて、エトワールの心臓がどくんと大きく跳ねた。
その時、アルフレートが目尻を下げて苦笑した。
「──今夜はなにもしない。ただ、念のため明日の朝、侍医の診察を受けてくれ」
「わかりました。お気遣い、ありがとうございます」
エトワールは素直に頷いて、寝台の端の方に横になった。
疲れているだけだとは思うが、『代償』のこともある。万一、体になにか疾患が見つかったら未来を変えるどころではない。侍医を手配してくれるというのなら、その言葉に甘えた方がよさそうだ。
アルフレートはそれ以上エトワールに近付こうとせず、紳士的な距離を適切に保ったまま目を閉じる。
様々なことがあったからなかなか寝つけないだろうと思っていたが、エトワールはいつの間にか眠ってしまっていた。
疲労が溜まっていたからか、突然の二度目の結婚生活に驚いて、情報を整理するために睡眠が必要だったのか。わからないが、エトワールは朝まで熟睡した。
隣でアルフレートが魘されていることにも、気付かないままに。