完璧からはほど遠い
 成瀬さんは大きくため息をついて俯いた。どこか小さくなっている。

「まじかよ……俺てっきり……」

「ご、ごめんなさい」

「んでタイミングよく佐伯さんから話したいことがある、なんて言われたから、てっきり結婚するのでこの関係はおしまいですって言われるのかと思って。しかも引越しするみたいだし、ああ本当に結婚するんだ、って。凄くダサいけどそう言われるのに心の準備が出来てなくて、ちょっと避けるように……」

「じゃあ、やっぱりわざと私を避けてたんですか」

「ごめん、会ったら終わるのかと思うと、なかなか勇気が出なくて」

 そう小声で言った成瀬さんが私をちらりと見てくる。叱られた子犬みたいな顔で、ついうっと言葉に詰まった。だがまだ聞きたいことがあった私は、その顔にほだされず続けた。

「で、でも高橋さんはいいんですか!?」

「は?」

「二日も連続で二人でご飯いくなんて……」

「え? 誰から聞いたの?」

「聞いたって言うか、見ました」

 低い声で咎めるように言うと、向こうはあっけらかんとした顔で首を振った。

「見たなら分かってるでしょ? 二人じゃなかったよ」

「……へ!?」

「あの子と、今指導係してる村田と三人。村田は初め高橋さんの指導係だってやる気マンマンだったんだけど、どうも仕事を覚えられないって困ってるらしくてさ、上司にも頼まれて三人で飯食いながら話してたわけ。あれも一種の仕事」

「三人!? でも確かに」

 言いかけて光景を思い出した。確か、街中で高橋さんの声を聞いて振り返った。丁度居酒屋に入っていく成瀬さんの後ろ姿と高橋さんを見たけど……。

 あれっ、もしかして、成瀬さんの前に村田さんがいたのか? 先に店に入って姿が見えなかったということ?

 勘違いに気づき、今度は私が首を垂らして落ち込む番だった。てっきり、二人でご飯に行って距離が縮まっているのかと思っていた。だが成瀬さんはなぜかやけに嬉しそうに私の顔を覗き込んでくる。
< 105 / 156 >

この作品をシェア

pagetop