完璧からはほど遠い
「もしかしてたまたま見て、勘違いしてた?」

「……はい」

「二人でご飯いってるかも、って?」

「それで、仲良くなったんだ、って」

「俺人の財布漁る女はちょっとなあ」

 私は顔を持ち上げて首を傾げた。成瀬さんは腕を組んで苦い顔をする。

「免許証が紛れ込んでたなんて嘘だよあれ、だって俺絶対財布に戻したもん。思い返してみれば、そのあと村田は仕事の電話で一旦外に出て、俺はトイレに行ったタイミングがあったからさ。その時取り出したんだと思う、間違いない」

 その光景を想像してゾッとした。でも高橋さんならやりそう、だとも思った。免許証を届けたという名目で男の部屋を訪ね、なんだかんだ上がらせてもらえればこっちのものだ、と思っていたのかもしれない。大和のように。

 私はさらに尋ねた。

「じゃあ、ご飯作ってもらったわけじゃないんですか!? だって、カレーの香りが」

「え? ああ」

「成瀬さんの好物、リクエストしたのかな、って」

「違う違う、たまたまだよ。今日家に帰ったらドアノブに掛けてあった。鉢合わせなくてよかったよ」

 そう言って成瀬さんは一度立ち上がる。キッチンの方へ向かったと思うと、冷蔵庫を開けて何かを取り出す。小さな紙袋のようだった。それを持ってきて私の正面に立ち、差し出す。受け取り覗き込んでみると、なるほど確かにカレーらしきものがあった。

 蓋を開けてみる。私の作る、ルーを溶かすだけの物とは違い、スパイスなどを使った本格的なもののようだった。なるほど、料理が得意というのはあながち嘘ではないらしい。だがそこであ、と小さく声を漏らした。カレーはどう見てもほとんど口が付けられていなかったのだ。

 成瀬さんは私の手からカレーを手に取り再度袋にしまいながら言った。

「正直迷惑なんだけど、食べ物を無駄にするってことが気になって頑張って食べようと思ったんだよ。でも、駄目だった。一口も食べられずギブアップ」

 苦笑いしながら袋を床に置く。そしてそのまま、私の正面にしゃがみ込んだ。

 成瀬さんが見上げる形で私を見てくる。ドキリと胸が鳴った。真剣なその眼差しに吸い込まれそうな錯覚に陥った。心臓の音がうるさくてうるさくて、成瀬さんの言葉を聞き逃してしまわないか心配になった。

「俺は佐伯さんが作ったものしか食べられないみたい」
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