完璧からはほど遠い
「私こそ、部屋に誘ったけど成瀬さん凄く寛いでるし全然意識されてないし、異性として見られていないんだって落ち込んでたんです。で昨日は告白してすっきりしてやろう、と思ってました。高橋さんの存在で心がくじけてしまいましたが」

 私がそこまで言った瞬間、突然成瀬さんは後ろに倒れ込んだ。ごちんと頭部が床にぶつかった痛そうな音がする。何が起こったか分からなかった、地震でも起きたのかと思ってしまった。だが違う、単に成瀬さんが一人でひっくり返ったのだ。

 急なことに私は驚き、慌てて彼の横にしゃがみ込んだ。

「な、成瀬さん!?」

 彼は未だ目を見開いたまま天井を呆然と眺めていた。そして人形のように表情を変えずに言った。

「ちょ、待っ、状況、追いついてない」

「あの」

「俺はてっきり、佐伯さんが結婚するんだ、って思って今日、臨んだというのに、こんな展開、受け入れきれない」

「こっちのセリフですよ!」

 悲痛な声を上げつつも、こんな時だというのについぷっと吹き出してしまった。だって人が驚きでひっくり返るの初めて見た。さすが成瀬さんだな。

 彼は笑う私を恨めしそうにみた後、大きくため息をついた。少し間があって、決意したようにのそりと起き上がった。そして振り返り、私を正面から見つめる。ガラス玉みたいな目に自分の顔が映っていた。何かを期待するような、恐れているような、不思議な表情をした私だった。

 成瀬さんが静かな声で言う。

「佐伯さんといるといつも楽しい。飯は異常に美味いし一緒にいると落ち着く。佐伯さんが元カレとヨリを戻すんだ、って知った時は絶望だった。
 俺、これからはもっとちゃんとする。代行に頼まないで掃除頑張るし、ごみも出す。料理……は厳しいかもしれないけどご飯も食べるし髪だってちゃんと乾かす。頑張るから、付き合ってくれませんか」

 真剣そのもの、でも一部子供が親と約束事をしてるみたいな笑っちゃえる内容。

 でも私は笑えなかった。

 今までの成瀬さんを見てきて、彼がちゃんとした生活を送るなんて相当の覚悟だと分かっているからだ。それだけ頑張るって、彼は誓ってくれている。
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