完璧からはほど遠い
 胸がいっぱいになった。ああ、こんな告白で感動しちゃうなんて、世界中を探しても私だけだと思う。

「……髪は、乾かさなくていいです」

「え?」

「私、成瀬さんの髪を乾かすの結構好きですから」

 そう返した途端、彼は目を細めてふにゃっと笑った。子犬みたいな、子供みたいな笑い方だった。正面からその笑顔は破壊力が凄くて、つい視線をそらしてしまう。

 どうしよう信じられない。成瀬さんが私を好いていてくれたなんて、全然信じられない。

 彼は嬉しそうに、そして恥ずかしそうに言った。

「遠回りしすぎたな。さっさと佐伯さんと話せばよかった。いや、部屋に呼ばれた時に我慢しなければよかったのかな」

「我慢!?」

「そりゃそうでしょ、我慢してたよ。簡単に理性飛ばしたら嫌われるって思ってたし」

「でもすごく寛いでるように見えましたよ?」

「んー居心地がいい部屋って言うのは嘘じゃないよ。それと同時に、佐伯さんが近くに来たらやばかったよね。
 襲ってよかったんだ?」

「おそっ……!」

 いたずらっぽく笑って言う彼に、一気に顔を真っ赤に染め上げた。いや、でも否定はできない、部屋に呼んで何もなかったと拗ねていたのは自分なのだ。思えばなんて大胆なことを言ってしまったのだろう。

 あわあわと焦っていると、すっと成瀬さんの顔が近づいた。あ、長いまつ毛に、生え際に見える小さなほくろ。私の部屋で一度近づいてきたあの時と、同じ距離にいる。

 緊張で固まってしまったが、私は目を閉じた。口から心臓が出そう、という表現は今使うべきなんだと学んだ。

 そのままキスが降ってくるのを待っていると、何もない。少し時間が過ぎた。不思議に思い閉じた瞼を開けてみる。そこには、不快そうに眉を顰めている成瀬さんがいた。何、なんか私駄目だったろうか!? エチケット的な何かに問題が!? 怖くなって恐る恐る呼びかける。

「な、成瀬さん?」

「いや、怒涛の展開で突っ込むの忘れてたんだけどさ。
 佐伯さんの元カレ、嫌がる佐伯さんに無理やりキスしたってこと?」
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