完璧からはほど遠い
「俺営業でよかったと思う。仕事がなかったら身だしなみなんて気にしないから、多分えげつない格好して出社する羽目になってた。
 仕事が終わるとスイッチがオフになるから、ほとんどソファの上から動けないんだよね。風呂とか歯磨きはさすがに出来るけど、あとはもうトイレ以外動きたくない。寝ていたい。一生寝ていたい」

「…………」

「飯を食うのも基本めんどくさい。目の前に準備されてたら食べれるけど、食うために買うとか温めるとかしたくない。冷蔵庫の中に入れなきゃいけない食材は腐らせること分かってるから買わない」

「…………」

「だから、佐伯さんが色々用意してくれたんだよね? 薬とか体温計とかさ。ありがとう、感謝してる」

 そう頭を下げる成瀬さんを止める余裕もない。

 話をまとめよう。

 会社では完璧人間で誰からも羨望の眼差しで見られる成瀬さん。でも仕事という役割が終わると、とことん生活力がないと。とにかく動きたくなくて、食事を取ることすら省いてしまう、というぐらいめんどくさがり。

 え、あの成瀬さんが?

 今更状況を理解し、目を泳がせた。抱いていた成瀬さんの像とはまるで違う。そりゃ人間、家に帰ったらずぼらな人ぐらいたくさんいる。でも、人間の三大欲求の一つである食欲を疎かにするほど動きたくない人と、私は出会ったことがない。

 部屋を見渡した。なるほど、だからテーブルもないのか。ちゃんとした食事なんてとらないことがこの人にとっては当然なのだ。

 私が唖然としていると、突然目の前にいた成瀬さんがずるっと脱力し、床に倒れこんだ。驚きで変な声を漏らしてしまう。屍のように床に横たわった成瀬さんに声をかけた。
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