完璧からはほど遠い
「大丈夫ですか成瀬さん! 病み上がりでしたね、横になりましょう!」

「あーうん、横になってる」

「いやここでじゃなくて」

「大丈夫、風邪じゃなくてもよくあるから……エネルギー不足なだけだから……寝たらよくなるから……」

 いや自宅の床にエネルギー不足で倒れる人いる?

 力なく床に寝そべってるこの人、本当に成瀬さんなのだろうか。私のミスを完璧にフォローしてくれたあの先輩が、本当にこれ? 別人にしか思えない。

 成瀬さんは蚊の鳴くような声で囁いた。

「というわけで……俺は大丈夫なので……佐伯さんは帰っていいよ……あ、俺の財布からタクシー代とか迷惑料取ってね……」

「いくら知り合いとはいえ他人に財布を預けちゃだめです。いえそれより、エネルギー不足ってことは食事が必要なのでは? 昨日も丸一日食べてないんですよね。あの、適当に作った雑炊が残ってますが、よければ食べますか」

 私が尋ねてみると、半分閉じかかっていた成瀬さんの目が開いた。

「え、雑炊?」

「昨日も数口食べたんですよ、覚えてますか」

「いや覚えてない。それ食っていいの?」

「あんなものでよければ」

「頂きます」

 彼はすっと体を起こして顔を凛とさせた。ナニコレ、食に興味がないわけではないのか、完全に食べる気満々じゃん。普通に食べることは好きだけど、それよりめんどくささが勝って食事を抜いてるってことか。

 私は少々引きながら冷蔵庫に向かった。かろうじて置いてあった電子レンジで温め、スプーンと一緒に成瀬さんの元へもっていく。テーブルが存在しない家なので、彼は手にタッパーを持つとそのまま食べ始めた。格好は正座、育ちがいいんだか悪いんだか分からない。

「頂きます! うわ、染みるーうまっ」

 笑顔で言いながら食していく。悪い気はしなかった。変な状況だけど、成瀬さんは本当に美味しそうに食べてくれてる。あんなの適当なものぶち込んで作った簡単なものなのに。

 私はとりあえず正面に座り、頭に浮かんだ疑問をぶつけた。
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