完璧からはほど遠い
 佐川部長が立ち上がる。

「今回の件は私から上に報告する、君は自宅待機。このまま帰りなさい。異動はすぐにでも実現するだろう」

「…………」

「職を失わないだけありがたいと思っておきなさい」

 厳しい声で言われた大和は、もはや何も言い返せなかった。ふらふらとした足取りで会釈も挨拶もせず、そのまま会議室から出て行ったのだ。最後に見た背中は丸くなってて非常に悲し気に見えた。ああ、一年前は想像も出来なかった終わり。

 成瀬さんと私は佐川部長に頭を下げた。

「ありがとうございました」

「いや、的確で分かりやすかったよ。すぐに上に報告する。しかし異動より、解雇を相談されるかと思ったのだが」

「そうしたいのは山々なんですがね。すべてを失ってしまった人間は何をしでかすか分かりませんから。佐伯さんに逆恨みされても困るので、仕事だけは残してやろうかと」

「ははは、なるほど賢明だ。まあ実家の近くとなれば周りの目も気になるだろうから、普通なら下手なことはできまい。お疲れ様成瀬さん、さすがの準備の仕方だったよ」

 感心したように言った佐川部長は、そのまま会議室から出て行った。私たちは頭を下げて見送る。扉が音を立ててしまったところで、ようやく顔を上げた。

「あの成瀬さん、本当にありがとうございました……」

「いや、全然。まだ安心はしないほうがいいよ、さっきも言ったけど逆恨みっていうパターンもあるからね」

「はい、そうですね」

「このまま素直に引き下がってくれたらいいんだけどね」

「それにしても、あんなに色々調べたり準備してくれたり……」

「全然苦じゃなかったよ。力になれてよかった」

 ふにゃ、と笑う彼に癒されると同時に、さっき大和に向けていた敵意むき出しの顔を思い出す。まるで別人だった。まだ私は知らない成瀬さんの顔があるらしい。この犬みたいな顔からは想像つかない怖さだった……。

「さて、朝一で一番大きな仕事終えたね、一日は今からだっていうのに」

「あは、そうですね。仕事は今からです」

「よし、頑張るか」

 大きく伸びをした成瀬さんがそう笑った。



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