完璧からはほど遠い
 隣から、今泉さんのため息と混じった「わお……」という声が漏れてきた。呆れと、面白いものを見てしまったという弾んだ声だった。

 周りもどうしていいのか分からず、誰も声を発せない状態になった。ややあって、成瀬さんが爽やかに声を掛けた。

「うんうん、素敵な自爆をどうもありがとう」

「え……?」

「君がどれほど仕事を軽視しているのか、そして故意にトラブルを起こしているのかよく分かりました。君みたいな人はうちにはいらない。ほかに異動した方がいいと思う。いや、異動先があるかなー受け入れ先が可哀想だな」

「ど、どうしてそんなこと言うんですか酷い!」

「今回のことは上司にしっかり報告させてもらう」

 冷たい声で成瀬さんが言いきった。高橋さんは信じられない、という表情で成瀬さんを見ている。追い打ちをかけるように成瀬さんは続けた。

「何か勘違いしてるみたいだけど、男は頼ってりゃ喜んで落ちると思ってたら大きな間違い、少なくとも俺は無理。多分地球で異性が君一人になっても受け入れられないと思う。ちゃんと責任感を持って毎日頑張ってる人の方がずっと素敵だからね。いつも高い声でやたら触ってきてたけど、可愛いなんて思ってないから。てゆうか俺、好きな人しか可愛いって思わないからね。
 まあ一つだけ感謝するなら、君が頭の悪い男を誘惑してくれたおかげで、俺はとても素敵な人と結ばれることができた、ってとこかな」

 皮肉たっぷりに言った成瀬さんの言葉を聞いて、高橋さんは顔を真っ赤に染め上げた。そして自分のデスクから鞄を乱暴に取ると、そのまま走って飛び出していった。私たちはぽかんとそれを見送るしか出来なかった。

 やっぱりあの子、元々成瀬さんを狙ってたのか……指導係を成瀬さんにしたくて、さらに私のことも気に入らなかったら大和を寝取って怒らせようとした。なんて遠回りな作戦なんだろう。簡単に寝取れて散々見下していたんだろうな。

 これからどうするんだろう、まさか高橋さんまで制裁を下すとは思っていなかったのだ。

「あーお騒がせしました、すみません」

 成瀬さんがそう周りに頭を下げると、少しずつみんな仕事に戻って行った。多分、凄い場面を見てしまい呆然としているせいか、誰も成瀬さんに声を掛けることはしなかった。みんなそれぞれ頭の中を整理するのに必死に違いない。

 ただ、隣の今泉さんだけは、私に満面の笑みを浮かべた。そして無言で親指を立て、話を聞きたくてうずうずしてる顔で見てきた。私は苦笑いし、きっと昼休憩は質問攻めになるんだろうなあ、と覚悟した。

 結局その後高橋さんは帰ってこなかった。成瀬さんは本当に今回の件を上司に相談しに行った。しかも、一人ではなく複数の女性社員を連れて。

 どうもあの子の仕事のやる気のなさが周りに迷惑かけていることを、同性たちは苛立ってしょうがなかったらしい。さらには、なんと彼氏を寝取られた人がほかにもいたとかなんとか。

 成瀬さんがみんなの前でびしっと言ってくれたことで、女子社員たちも決断。一緒に上司に直談判をしに行こうと団結し、成瀬さんに提案してくれたのだ。

 成瀬さん一人でもすごい力だというのに、そこに多くの女子社員たちもそろっていては、上司も頭を抱えるしかなかった。元々この上司は高橋さんをお気に入りにしていたのだ。

 結局その後、高橋さんは営業部から異動になった。でも、あの成瀬さんとこんな騒ぎを起こしてしまったという噂は一気に社内に回り、異動先でもなじめず問題を起こし続けたとかで、少し経ってから知らない間に退職することとなる。





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