完璧からはほど遠い

あのデートの裏話②



 美味しそうなイタリアンに入り、悩んだ挙句私はカルボナーラを選択した。成瀬さんは腕を組んでしばらく考え、メニューを指さした。

「決めた、トマトパスタとマルゲリータ、海の幸ピザ、ほうれん草とサーモンのピザにする」

「はい、ではちゅうも……ちょっと待ってください?」

 納得しかけて私は手で成瀬さんを制した。彼は確かに、パスタとピザを頼むと言っていた。言っていたけれども……

「ピザ三枚頼むつもりですか?」

「うん」

「パスタとピザ三枚ですか??」

「佐伯さんも食べるでしょ?」

「食べるって言っても、私多分一切れか二切れだと思いますよ、頼みすぎじゃないですか」

 男性なら、パスタとピザ両方ぺろりと食べちゃえるとは思う。が、ピザ三枚はやりすぎではないだろうか。しかし成瀬さんはキリっとした顔で断言した。

「だいじょうぶ、俺、食べられる」

「ほんとにですか!? ちょっと見てくださいよあれ」

 私は声を潜めて成瀬さんに呼びかけた。ちらりと視線で隣のテーブルを指す。丁度ピザが運ばれてきたばかりのようで、まだ口をつけていないピザがそのまま置かれていた。薄いものの大きさは結構ある。

「あれ三枚とパスタですよ?」

「平気、あれ、薄い」

「でも大きいですよ!」

「余裕」

「確かに成瀬さんはよく食べるなあ、って思ってましたけど、さすがにこれは……そうだ、とりあえず一枚だけ頼んで、足りなかったら追加しましょう?」

 いい提案だと思ってにこやかに言った。が、彼は首を振らなかった。

「だいじょうぶ、俺、食べられる」

「さっきからなんで片言なんですか? あとで追加すればいいでしょう」

「違うよ、いろんな味のピザを交互に食べたいんだよ。どーんとテーブルに置きたいんだよ、男のロマン」

 意味が分からないのだが、彼の表情を見るに決意は固そうだった。随分と安っぽいロマンである。私は諦めて引き下がった。もし残すようなことがあれば絶対怒ってやろう、そう心に決めて。





「美味しいねーこれ、こっちも美味しいよ」

「た、確かに美味しいです」

「パスタも美味しいし、評判通りだったね」

 ニコニコと食事を勧める成瀬さんの目の前のお皿は、もうほとんど無くなっていた。私は引くほどだった、一体あの体のどこに収まっているのか。

 かなり大きいサイズだったピザも、それなりに盛られたパスタも、もうあとわずかだ。彼は本当にぺろりとあの量を食べてしまえるらしい。

 私は唖然として言った。

「本当に食べちゃうんですね……」

「食べられるって言ったじゃん」

「疑問が深まるばかりなんですが、こんなにご飯を美味しく楽しく食べられる人が、どうして丸二日もご飯を抜いたりできるんですか?」

「スイッチだね、全てはスイッチだ。スイッチが切れると駄目なんだよ。今はオンだから大丈夫」

 ガッツポーズを取って笑うが、私には理解しきれない。小さく首を傾げながら、私は自分の手元にあるパスタの続きを食べだした。きっと何を聞いても納得できないだろうし。

 成瀬さんはパクパクとピザを食べながら、ふと私に言った。

「カルボナーラも美味しそうだよね」

「美味しいですよ、くどくないし」

「頂戴」

「え! あ、は、はあ……どうぞ」

 軽い感じで言われて、一瞬戸惑ってしまった。だって完全なる食べかけだ、口をつける前に言ってくれればいいものを、こんなのでいいんだろうか。私がそっとお皿を差し出すと、成瀬さんは自分の手元にあったお皿を私に差し出した。トマトソースのパスタだ。

「じゃあ交換しよ! 俺のもどうぞー」

「え、ええ、え、あ、どうも」

「え、どうした?」

「ふ、普通最初に分け合ったりしませんか」

 恥ずかしさもありそう小声で言ってみると、彼は初めて何かに気が付いたように目を丸くした。そして申し訳なさそうに言う。

「あーごめん、そうだよね、食べかけ食べていいよなんて女の子に失礼だったね」

 しゅんと耳を垂らして落ち込む子犬のように見えて、私は慌てて否定した。

「い、いえ、別に全然いいんですけどね? 気にしませんし」

「あ、気にしない? ならよかった、交換しよう」

 すぐにパッと表情を明るくさせて笑う。そして彼はお互いのお皿を交換すると、自分はすぐにパスタを頬張ってしまった。美味しそうに目を細める。

「ほんとだ、美味しいね」

「……はい、そう、ですね」

 やや小さくなった声で、私は何とか返事を返した。目の前に置かれた赤い色のパスタは美味しそうだけど、なんだか緊張してしまった。

 嘘だったな。気にしない、なんてことはなかった。

 それは勿論マイナスな意味じゃなくて、これはーー



 ドキドキしながらトマト味を口にする。おかしい、全然味が分からない。

 美味しいとは思うけど、それよりもっと大きい何かが私の味覚を狂わせる。



「うまいねほんと。佐伯さんももう一枚ピザ食べたら?」

「あ、ありがとうございます」

「デザートも美味そうだったよな」

「まだ食べる気ですか!?」

 普段通りを装って返事を返すも、私は気づいている。心臓が痛いほどに鳴って、お腹より心がいっぱいになってしまってることを。

 そんな私にとどめを刺すように、成瀬さんは食べながら言った。

「あーあれだ。一つ分かった」

「え?」

「スイッチもあるけど、佐伯さんと食べるからなおさら美味しいんだよね、新発見」


 この男の発言は全部天然なのか?

 罪な男である。








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