完璧からはほど遠い

「そんなくだらない男だって気づけて。知らないまま時間を無駄にするところだったっしょ? 浮気なんてする男、ろくな奴じゃない。結婚なんてしてしまってたら大事」

「まあ、それは、確かに……」

「だから今気づけてよかったよほんと。
 すごく悔しいだろうけど、一番の復讐は佐伯さんが幸せになること。元カレにも浮気相手にも、それが一番辛いはず。忘れて佐伯さんがキラキラしてるのが一番堪えるはず。
 辛いけど踏ん張ってみな」

 そうきっぱり言い切ってくれた言葉は、すとんと自分の心に収まった。今の成瀬さんは、間違いなくいつもの成瀬さんだ。凛とした声、自信に満ちた言い方、誰しもが頷いてしまう説得力。

 胸が熱くなる。なぜか泣きそうになってしまったのを隠すように俯き、何とかお礼を言った。

 そうか、そうだ。私が余裕な顔して幸せになることが一番の復讐なんだ。あんなふうにミスをやらかすなんて、それこそ駄目なパターン。

 私は私として輝かなきゃならない。それが一番いい方法なんだ。

「成瀬さん、ありがとうございます、私なんか吹っ切れ」

 顔を上げてお礼を言いかけたとき、言葉を止めた。つい今さっきまできりっとしていた彼はいつの間にか床に寝そべっていた。床に頬をぴったり当て、幸せそうに目を閉じている。

 おい。

「ああ……お腹膨れたら眠くて幸せ……俺もうちょっと寝るわ。佐伯さんは……財布からタクシー代と食費とか取って行ってね…………」

「だからあ! 知り合いでも人に財布なんて預けちゃいけません! まだ治り切ってないんですよ、こんな床で寝たら悪化します、ベッドに戻って!」

「もう無理……一歩も動けない……」

「起きてええええ!」

 全身脱力してしまっている成瀬さんを必死に起こし、何とか立ち上がらせ寝室へ向かわせた。彼はもう半分夢の中のようで、目を瞑ったままのそのそと歩いて寝室へ入って行った。

 ベッドにダイブしたのを見送ると、私はぜえぜえ言いながら食べ終えた後片づけなどをし、簡単にメモ書きを残すと、ようやく成瀬さんの家から出た。この一晩で起こったすべてが、いまだに信じられなかった。あの成瀬さんを看病したどころか、とんでもない一面を見てしまった。多分、会社の人に言っても信じてくれないだろう。

 外に出ると寒さで肌が痛んだ。ぶるっと体を震わせながら、すぐ近くにある自分のアパートを目指して歩く。白い空を見上げると、自分の息がのぼって行った。

 ああ、でもなんだろう。

 すっごくすがすがしいや。

 ミスはしてしまったけど、それは何とか大事にならなかったし。色々ありすぎて大和のことは忘れていたし。成瀬さんに言われたセリフにも救われたし。

 昨日とはまるで気分が違う。

 少しだけ微笑んで、私は足を速ませた。月曜からまた新たな自分として頑張るんだ、そう意気込んで。



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