完璧からはほど遠い
「殺したい」

「物騒な」

「だってそうでしょう!? 許せない、信じられない、一年も付き合って終わりがこんなんとか!」

 顔を上げて強い口調で言った沙織の表情は、怒りに満ちていた。私のためにそれだけ本気で怒ってくれたのがなんだか嬉しくて、私は微笑んでしまう。怪訝そうに沙織が見てくる。

「笑ってる場合じゃないよ!」

「そ、それもそうだね、怒ってくれたのが嬉しくて」

「その女のしたことばらまいてやる!」

「それ、同時に私が寝取られた、って噂になるのが嫌なんだよね」

「……それもそうか」

「まあ、私と大和が付き合ってたことは一部の人しかしらないけどさ。噂になれば絶対広まるだろうから」

 沙織は苦しそうに顔をゆがめた。そして、私に心配そうに尋ねてくる。

「ご飯食べれてる? そんなことがあったらすごくショックだろうし……」

「あ、うん全然食べれてる」

「夜は眠れてる?」

「あ、うん爆睡」

「そうなの? まあ、やつれてる感じは見えないけどさ」

「それどころじゃないっていうかね」

 私は成瀬さんのことを思い出し、ふふっと笑ってしまう。仕事初日はダメージからミスをやらかしたけど、それ以降は成瀬さんの衝撃が大きすぎて、大和のことは忘れてしまっている。いや、忘れたわけではないのだが、いつでも余裕で幸せな私でいることで、大和に仕返ししたいと思っているのだ。

 沙織が不思議そうに言った。

「何かあったの?」

「あーうん、そうね……」

 私は迷う。部署が違えども、成瀬さんは有名人なので沙織も知っている。沙織は仲いいし信頼できる子なので、言ってもいいかなあとも思うが……やはり名前は伏せておこう。そう決めて、私は成瀬さんのことはぼかしながら、知り合いにとんでもなく生活力がなくて食事の面倒を見てることを説明した。彼からの助言で、前向きになれたということも。

 聞いていた沙織の表情が曇る。

「何それ。家にまで入って面倒みてやってんの?」
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