完璧からはほど遠い
 朝は晴れていたというのに、いつの間にか冷たい雨が降っていた。空気はかなり冷たく、頬を突き刺す。私たちは傘を差し、そのまま足早に駆け出す。

 今だけは忘れよう、大和のこと。私は社会人で、責任をもって仕事をしている。ミスしてしまったことはもう悔やんでも仕方ない、これからどうするかが勝負だ。

 そう決意を強く持ち、私は成瀬さんの黒いコートを追った。

 二人で駆け込み、髪を乱しながら頭を下げた。何度も何度も謝り、誠意を伝え、今後について話した。成瀬さんはさりげなく私のフォローに回りつつ、決して目立ちすぎないよう私にやらせてくれた。その絶妙な助けが本当にありがたくて心強くて、本当にこの人は凄い人なんだと思い知らされた。

 そのあと、再び雨の中を移動してもう一か所謝りに走った。足元はぐちゃぐちゃに濡れ、水を吸ったスーツは乾ききらないまま動いていた。

 成瀬さんのフォローも大いに役立ち、何とか大事にならずに済む。それを上司にも電話で報告した頃にはすでに周りは暗くなっており、直帰していい、と上司からの指示ももらっていた。

 電話を切ると、私は全身の力が抜けたように脱力した。目の前には成瀬さんが立ってこちらを見ている。私は最後にしっかりと頭を下げ、本日最後の謝罪を行った。

「成瀬さん。本当に本当に、ありがとうございました」

 彼が冷静に私を導いてくれたから、励ましてくれたからなんとかなった。さすが成瀬さんだと思う、堂々としてちっとも慌てない。

 成瀬さんは目を細めて笑った。

「俺何もしてないよ。佐伯さんについて回ってただけ」

「そんな! あんなにたくさんフォローしてもらって……というか成瀬さんが一緒に来たってだけで相手方もなんか半分許してくれてたみたいだし、本当色んな方面から信頼されてるんだなって」

「違う違う。普段から頑張ってる佐伯さんのおかげだよ。ちゃんといつも頑張ってるから、みんな今回は大目に見てくれたんだ。それはちゃんと自分を評価してやりな」

 優しい目でそう言ってくれる成瀬さんに、また泣きそうになる。いけない、今絶対化粧ぐちゃぐちゃだよ。涙とか汗とか雨とか、もう色々濡れてるんだから。

 ああもう、成瀬さんに欠点ってないのかな。かっこよくて優しくて仕事も出来る。女を三股かけるぐらいしなきゃマイナスにならない。

 成瀬さんは腕時計を眺めながら言う。

「無事済んだし飯でも……と言いたいけど、雨のせいでぐちゃぐちゃだしな。今日はおとなしく帰ろうか」

「は、はい。ほんとすみません、私のせいでこんな濡れちゃって」

「雨は佐伯さんのせいじゃないでしょ」

 そう笑いながら、成瀬さんが歩き出す。

 と、その途端、彼は急に力が抜けたようにがくっと膝を折ったのだ。

 私は驚きつつも反射的に、その体を支えた。
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